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2018.01.29 Monday

実のところ、杉田発言って現在起こっている問題を指摘している 4 感動押し売りが原因です編

JUGEMテーマ:健康



モンスターペアレントや、それを後押しする善意の第三者という悪人の増加のよって、本来は受けられるサービスを受けられなくなった人、世間の圧力で受け入れてもらえなくなった本当に家庭の事情のある人なんてのが増えていく背景には、テレビの感動の押し売り、なんてものが有ったりしたりするのも考慮しなければいけません。

何しろ、この感動の押し売りは感動したドラマやアニメやドキュメンタリーや映画と言うのが簡単に視聴数を稼げると勘違いしたテレビ経営陣上層部の問題なんかがでかかったりするんですね。

それを過去30年位前は「お涙頂戴物」なんて言ってかなり低く見ていましたが、現在は大衆は安易な感動を求めているとか泣ける自分に寄っているなんて事でお涙頂戴物が「感動ポルノ」と揶揄される程になってしまいました。

勿論、過去からそういう物が無い訳ではなく、一部には日本人は悲劇が好きでそういう話しがあちらこちらにあったから、と言う事を言う人もいますが、現実には存在しない悲劇だから非日常として楽しんだと言う方が正しいと言う説も有ることからどうとも言えませんが、実は洋の東西を問わずに悲劇は結構好まれます。
ハッピーエンドでないといけないと言う主義のハリウッド子も向けシアターになると悲劇はぐんと減りますが、子供にもちゃんとしたドラマを見せようとすると、結構ヒーロー物でも悲劇な最後を迎えるエピソードが無いわけではないです。
つまり、リアルにやった結果の悲劇や涙を誘う物なんてのは正統派のドラマの一つであるって事なのですね。

なので、私が幼少期だった40年以上前には「みなし子ハッチ」ですとか言って普通にありました。
現在は「みつばちハッチ」なんて言われてますが僕の子供の頃は「みなし子」だったんですな。

最後にハッピーエンドを迎えるにせよしないにせよこういう話しが私の幼少期に多かった様に感じるのは時代背景もあります。
第二次世界大戦が集結したのが1945年。
戦災孤児や傷痍軍人やそれこそ米兵のレイプによる混血児問題や米兵との子供の問題がまだまだ色濃く残る時代の創作物はそういう現実を反映していました。
サイボーグ009もそうだったりします。
まあ、私の幼少期は戦後からわずか25年余り。
まだまだそういう事が多く、またそれらの幼少期を経た結果の犯罪などもありましたし、予期せぬ不幸での片親、もしくは孤児となる事件も多かったです。

1980年台でもまだまだ35年程度。
其の頃の子供が大人になって子供を作るつまり家庭を作る時代ですがそれでも不幸の連鎖って起こる時代でした。
これは過去の影響で現在に悪影響がでるてな話しですが、一応は実証されてもいます。
また、バブルがあったりすれど、貧困によるまたは片親化による餓死等の事件は中々収まらない時代でもありました。

これをなんとか改善したのは一応、時の政権ですから自民党政権だったりしますがそれを認める人はまあ、少ないです。
認めないといけない部分ではあるのですが、それを認めずまだまだ世の中は不幸だとばかりに悲劇を押し売りし始めるのが1980年台後半からだったりします。
有名なところでは1杯のかけそばじゃないでしょうか?
バブル期の中で母親が子供をつれて1杯のかけそばを分け合って数度目の年末に家族分頼むと言う結末ですね。
実際に、この80年台後半から90年台中盤にかけて片親に成ってしまう事例は解決できたわけじゃないのでそういう事は起こりますが、実話かの様にメディアが広め飽食日本許すまじ!な声を作ろうとしたかのような動きがないわけではないです。
後に、創作だと言う話しがでてきましたが、それでも金持ち=悪人と憎悪を滾らせる中流階級の善意の第三者と言う悪人が多く発生すると言うか作り出された時代でもあるんですね。

この時期の片親になってしまう子供の多くは交通事故の遺児が多かったりします。
あしなが育英会がそういう子達の救済にあたっていましたから、改善されていって今は目立たないと思います。

思いますが交通戦争の名の下にマスコミが悲劇性を強調していたのも事実。
必要以上に不幸な子どもたちと言う事で同情の目を向けさせると同時に、親の離婚で片親と成った子達の親を蔑む風潮を作り出したのもこの80年台初頭からと言っても過言ではないのですね。

勿論、それ以前から片親になる理由に離婚はありましたし大体が親の都合というか悪事に結果と言うのが多いと言う事もありました。
出稼ぎで出かけて都会に女を作って離婚だとか。
何を勘違いしたのか男が女を囲う事を自慢する、複数の異性との性交を自慢するよしとする等々。

一部にはヒッピー・ムーブメントを持ち上げたフリーセックスの文化を持ち込もうとしたりセックスフレンドだの愛人契約だのと言ったのをマスコミが持ち上げたのもあり、性的な乱れが離婚の理由なんて思わせることに成功したなんて言っても良いくらいの時代でした。

それらを経た結果の、離婚=親の罪なんて意識が出来上がったのも長い時代の積み重ねだったのはあります。

ただしここから変わってきます。
感動を売りにすることが同時に80年台の終わりから出ている以上、離婚する親の子は悲劇の子です。
だから可哀想な子供でみんなが助けて挙げないといけないなんて言う風潮も作り出されてきました。

また、ドラマやワイドショーや週刊誌等でも犠牲になる子、悪い親と言う印象を強く持たせる様な記事もでてくる状態でしたし、実際にそれを売りにする性的な職業関係の人もいなかった訳ではないのですね。

そして、ドラマが変質し安易な感動のために片親の子=不幸を作り出したりしたんですね。

そのイメージがあらゆるところに浸透しているのは否定できませんし、その流れで多くの片親の子は不幸と言うレッテル貼りと離婚は親の都合なのだから子供を不幸にするな、と言う言動も強くなったりしました。

感動モノとしての片親の子のドラマや現実でも悲劇を強調するネタとして、または苦労を強調するネタとして醸成されて言ったのはありますし、それで感動をしない人を人非人と否定する事もなかったわけじゃないのがあったりするんですね。

となると、感動のための感動ですので現実とはかけ離れてしまいます。
現実とは違うのに現実に起こっている悲劇かの様に広められた押し付けられた感動は子供の育成環境を社会が見守るというのを歪な形にしてしまったのは、なにあろうテレビの感動を押し売りする超お涙頂戴物の乱発による、と言っても過言ではないのですよね。


次回「奇跡の詩人問題」編

  

2018.01.28 Sunday

実のところ、杉田発言って現在起こっている問題を指摘している 3 必要な人がサービスを受けられない編

JUGEMテーマ:ニュース



共産党と公明党の下っ端や木っ端議員が、なぜ生活保護や幼稚園や保育園の問題に首をツッコミ、尚且つなぜに政党や議員の名前を出してまで、そして社会の仕組みを歪めながらもそれをしたかと言えば、共産党と公明党の勢力争いであって公明党が野党であった時代はかなりそれが激しく行われた戦いの手段だったんですね。

これなら与党自民党と競合しない、利権の獲得って時代でしたから。
それが公明党が与党連立となって以降は大きく変わります。

共産党(と公明党)がそれをしていた時代の話を聞き、同時に「親の都合」で困っている人達に共産党等のネームバリューを使って圧力をかける事で有利に事を運べるとなれば普通にそれを利用しますし、考えが足りない、自覚が足りないなんて言う人がその話を聞けば共産党様々で何も考えずに票を入れるのみならず、権利だ自由だと言う事で責任と義務を放棄どころか投げ捨てた様な親=保護者が増えたのもこれまた事実なんですね。

それが90年台中頃から終わりにかけてで、後のモンスターペアレントに育っていきます。

モンスターペアレントは自分達がさほどの必要性が無くとも楽ができるなら楽をしたいわけですし、受けれる権利は受けるべき!なんて考えてしまいます。
そしてモンスターペアレントは必ずしも二親である必要はないのですね。

それこそ片方の親の都合で離婚しようがなんだろうが”自分の権利”であり”親だからと自由を失ってはいけない”と言う論理で動きます。
それ故に作られた母子家庭や父子家庭は、後々に育児、教育、社会保障の面でトラブルを起こしていくのですけれども、これによって、まともにやっている母子家庭や父子家庭が被害を受けるようになっていきました。

最初は、社会的には小さい問題です。
母子家庭、父子家庭の理由如何に関わらず親の勝手で片親あるいは不自由をさせられている子供と言う社会的な印象が出来上がります。
よって、真面目に生きる人ほど肩身が狭くなります。
本来は、夫婦のどちらかとやむなき事情で別れたとしてもそれは批判の目で見られるのは、そのモンスターペアレントの始祖たる存在と、それを大事な票として集票の為に利用した政治家連中の責任です。
役所が毅然と、と言う事を言う人も居るでしょうが、今のようにネットがあればまだしもネットの無い時代にマスコミを利用されたらおしまいです。

また、ネットがあっても票田を守るために大量投入した兵隊を利用されたらおしまいですね。
これは日本死ねを流行語大賞で選んだ事からも理解でき事かと思います。

この90年台から始まる問題はミレニアムを超えて悪化していきます。
今度はモンスターペアレントが親の都合で片親になったのに苦労している私達が権利を阻害されると騒ぎ、叩く方向に動きだしたりしたのですね。

預けたいのは、親の都合で預けたいモンスターペアレント側です。
母子家庭、父子家庭は勝手に片親になり社会の迷惑になっていると言い、行政から生活保護や支援を受けているのにずるい、って事を叫び出したりしたのですね。
そして、行政への攻撃も増えます。
そういう人達は、自分が目を離して子供が事故にあっても行政や見ていてくれなかった他人の所為です。

その様な事が続いた結果、行政側も目立つモンスターペアレント側の声を聞かざるを得なくなりましす、裁判が多発すればそれだけ費用も人手も馬鹿にはならず、結局は声のでかいだけの問題側が有利になるだけとなります。
また、その様な人達は裁判で勝利したり(地裁であっても)役所側が折れたりした等を錦の御旗としてしまいますから、余計に質が悪い事態となっていくのですね。

あの裁判ではああだった、ここの役所ではこうだった。
後ろに政党や政治家、その他圧力団体が存在するが故に一度は勝っても上の裁判で負ければそれを公表させない、または勝った裁判だけ報道させる等もあったりはしたそうです。

マスコミもまた問題でして、行政=悪者と言う意識を結構刷り込んできていますから、市民サイドも行政が悪いと詳しい話を聞かされずに質問されたら行政を悪役にしてしまうのですね。

そして、働く両親は苦労していると言った神話を作ってしまい、その他の事情を打ち消してしまう効果を作ったのは否定できない事実と言う事になります。

結果、その手の人達やその手の人達を利用する人達などがあつまり、票田になると言う事から自分達は偉い立派な事をしたんだ!と言う形へ自己顕示の方向を変えていくことになります。

そうなると、片親や本当に家庭の事情で子供を預けたりしたい人達が苦労することになるのですね。
それを演出する為に、よりいっそう自分達の利用価値が高い存在を優遇しますし、行政や地域でそういった人達を神輿とします。
その神輿が正しい神輿であったり、良い神輿であれば良いのですが、大体邪神を載せた神輿と思えば良い訳でして、自分達の権利と自由と欲求の充足の為だけに動くので、本当に必要な人を優先させても問題扱いして圧力をかけてきているのはまだまだ消えない大きな隠れた問題と言うのはあったりします。

そして、片親であったり家庭の事情で共働きをせざるを得ない人達が優先されたりしますと、異様な団結力をもって排除に走ったりする事も多々有ったりしたそうでして、中には
「親の都合で片親になって行政の金をもらっているのに贅沢だ!」
などと罵倒する人も、実際にいたのだとか。

理由や事情は関係なく、自分達と同じ親の都合であると決めつけての排除が動く事になり、本当に利用したい人が本当に利用できる場所を利用できなくなる事が増えたのもありました。

時期的には小泉政権以降で、マスコミもそれらを弱者切り捨て社会だなんだと批判し、相変わらず野党がクイズ等を出していた時代にはピークとなり、民主党政権以降から徐々に衰退していきます。

そういう騒動が衰退したと言えど、そういう人達がゼロになった訳ではなく、深く静かに根深く浸透したと言って構わないのが2008年以降の日本の子育て、託児、教育等々の問題なのですね。
新しく親に成った人達にそういうモンスターペアレントだった人やそれらを支援した人達が先輩面して教えた結果、間違った行政サービスの利用方法を正しいと思い込んでいる人も増えた現実があるのです。



次回「感動押し売りが原因です」編


  

2018.01.27 Saturday

実のところ、杉田発言って現在起こっている問題を指摘している 2 駆逐される家庭の事情編

JUGEMテーマ:日記・一般



杉田水脈発言により、あれやこれやといろんな意見や過去に当事者だった者あるいは今の段階で当事者である人達などで様々な意見や感情的な批判や擁護や感情的な擁護と、言ったものが出ていますがこの中で取り沙汰されてる言葉に
「親の都合で預ける〜〜」
と言う主旨の言葉。

行政というか法的な関係で見る場合、親の都合はネガティブな用法です。
政治や社会、育児、保育、託児、あるいは障害者通所支援等でも親の都合で預かる、あるいは親の都合だけで決めてはいけないと言う事が言われていますしそれを防ぐと言う仕組みも無いわけではないのですね。

親の都合はあくまで親のエゴによるものと解釈される訳でして、当然ですが親が預かる必要の無いもしくは託児施設を利用しないでも立ち行くと判断した場合には、受け入れを拒否できます。
それは例えば、母子家庭や父子家庭であっても同じなのですね。

なぜ現状で、母子家庭等が除外される可能性があるかと言えば、手厚く保護されている部分があります。

これらには、共産党やいわゆる左派系リベラル等の政党や団体、時に宗教の絡む団体が尽力した結果、一部に過剰とも思える保障が発生してしまっている現状もあります。
その為、育児施設や託児施設を借りると言う状態の中で例えば支給金額が満額であれば断る事も起こるのですね。

なぜならば、満額もらっている状態であれば子育てを終えるまでは仕事をしないでも大丈夫と言う計算が成り立つことになるのもありますし、現在でも様々な母子家庭手当てで働かないでも子供を成人までは見送る事が可能な状態でもあるからなのですね。

ただし、一人親家庭では満足な教育ができないと言う意見も出てきます。
この意見がでる場合には大抵は満額の補助が出ていない可能性もありますし、仕事をすることで減らされる補助や支給される金額の減額等があるのですね。
特に、父子家庭ではその傾向が強いとも言われていますが、現在では母子家庭でも同様です。

この状況がなぜ起こるかと言えば、生活保護の不正受給として話題になった事などもあるのでわかると思いますが、本来はそれらの社会保障を受けないでも大丈夫な状態なのに受けるように示唆され受けた人が多い、さらにはそれを後押しする政党や団体が多かった事によります。

よって、まともに働けそうな人ならば働く事をすすめると言うのが財源に限りのある行政の手段でしかないですが、これを権利だと言い張り取らせる事をするのが共産党関係や公明党関係で多いのだそうです。

そういうところにつながりを持つ事をできない人は苦労するだけなのか!と絶望的になる人も多いと思いますがさにあらず。
実は、行政も必要度の高いところを重点的に補助していく仕組みではあるんです。
ところが共産党や公明党といった政党をバックに圧力をかけ支持票を得る人が自分の支持者になりそうなところから順に受けさせる圧力をかける等があり、だんだんそれも難しくなったのはあるのですね。

したがって、ここでは親の都合=親のエゴにより支援を得る事が可能な人が増える事になります。

行政では先に言いましたが親の都合と家庭の事情はかなり前から分けて判断しています。
政治に関わる人はおおよそがこの辺を知っていますし、国政に知識あるいは税制に知識があればこの問題をなんとかしようとする事を考える人は増えるわけですね。
これは与党や野党、自民党や共産党や民進党や公明党、維新の会なんて言うところでも変わらずに一定量は存在していると言うのはあります。

これは忘れたらいけません。

ですが、こういった税制や社会の仕組みを真面目に考える人ほど圧力は利用しません。
それをすると社会インフラが崩壊する、機能しなくなることを理解している人が多いので、現場に足を運ぶまたは保護者団体や親の会、NPOや福祉団体等の開催する講演会やセミナー等に足繁く通う事をして自分達の土俵すなわち議会で解決するようにする事をしようとします。

そういう場合、結果は出るのが遅いのです。
そして、即物的にと言うか見た目に優しい言葉や行為をする事で票を得ようとする怠け者が圧力などを利用して社会インフラや行政のサービスを「親の都合による利用」を求める人に与えてしまうのですね。

これが数十年前の状況で今も連綿と続いていると言う問題の一つでもある、とはいえます。

これではいくら財源があっても足りないわけで、それにより消費税なんて物を実施させる口実を与えたと言っても良いのです。
消費税は、福祉目的税と言って導入しましたから福祉に使われないといけないのですがなかなかそれすら間に合わない現状なのですね。

このような状態で家庭の事情で預けたい、支援を受けたいという人がどうなるか?
単純に拒否されるだけです。
また、家庭の事情でどうしても必要なサービスを受ける為に役所等に行っても受け入れて守らない事も多いのです。
と、同時に共産党や公明党等の社会弱者に優しいとの評価を受けているところでも拒否されることも多いのですね。

理由には、それを受ける事で利用者側が不利益を被るからお断りすると言う良心的な場合もありますが、多くには支援を受ける事になったら○○先生に投票しろと言う事を言って来たり、自民党の関係には会うなと脅したりする木っ端の議員や、そうでなくとも支持団体が言ってくるむしろ支持団体の方が言ってくる、脅してくる事が多かったりする事から、利用ができなくなることも多いのだとか。

実際、過去に共産党の議員の人と話をした時にも言っていましたが関係を強めると外郭の集団がうるさくなることあるから自分とは距離を取った方が良いよ、と助言してくれた方もいました。
NPO関係の講演会に招くかどうかで話していたらの事なので少なからず有る事例なのだと言う事なのですね。

ところがこの様な親の都合預かりつまり親のエゴやわがままを融通する事になった結果、本当に家庭の事情や親のどうしても都合のつかない事情で預ける人達が、苦労することになりました。
それらの批判が出始めた時、では何が起こったのか。

共産党もですが公明党も下の方に行けば行くほど、家庭の事情を理由に子供の育児を放棄することは許されないと言う風潮を広める姿勢が増えてしまったんですね。
これは党本体の意向とは別のようでして、上の方では家庭の事情も鑑みてなんて話しはでていました。
しかし、問題行動を起こした下っ端団体や議員が居るところではこれらのモンダイを隠すために、家庭の事情を理由にするのは悪!みたいにしていたのありました。

と、同時に。
マスコミも親の都合で預ける、あるいはサービスを受けることを否定的に取る様なのはおかしいとでも言う姿勢でした。
ですが、本当に必要なのは家庭の事情で預ける、あるいはサービスを受けると言う事なのですね。

現在、それらの事が大昔に有ったせいで家庭の事情で預ける、サービスを受けると言う事が正当である、と言う事が広まらず、親が親の権利がと言う事で受けよう預けさせようと言う事が広まってしまっています。
家庭の事情という言葉が表舞台からほぼ駆逐されていっている結果、ネグレクトを起こす事を良しとするようなサポートをさせようとする団体や実力の無い議員が増えたのも事実なのです。

さて、自民党等ではそういう圧力をかける事はなかったのか?
と疑問を持つ人も居ると思いますが、実は無いと言っても過言ではないのですね。
狙う支持層が違うからですが、それもこの問題をここまで大きくした理由でもあるのですね。


次回「必要な人がサービスを受けられない」編


  

2018.01.25 Thursday

ネットは基本的にオープンな場所なんだがな

JUGEMテーマ:日記・一般



それは実は、SNSでも同様でSNSは通常のネット活動と違って他者とのつながりが
丸わかりになる訳でして、発言は通常のネット掲示板やブログのそれ以上に実は
気を使わないと行けない場合も多いんですね。

で、仲間内だけで伝わるようにしてれば良いけど、それがオープンになってしまう。
SNSとて所詮は、インターネットよ。
どこにどう流れるかはまさに不明の世の中で、たとえソーシャルネットワークだから!
と言っても完全クローズドじゃねーんですね。

そして、他者のつながりがある。

Twitterなんてブロックすりゃあいい、と思ってる人もいるわけですがそれなら
炎上騒ぎや未だにネタにされるクイズ王なんて存在し得ない訳でしてそれが居る
ということはどこも完全にクローズな状態ではないのですよね。

で、それを考えずに色々やってしまうのが大体いまの政治家、それも野党に多数
なんて感じでしょうか。

ついでにいうと、そういう文章が嫌だと思う人も居るような文章を書いてしまうのは
後々マイナスになりますぜ?
な文章も目立つ。

それこそブログならええですがSNS系は繋がってる人のTLに出てしまうのですよね。
感情論を一般論的に書くのは手法としてありなんだけれど、それが繋がっている人も
同意している、認めているとみられるとまずい場合もあるんですな。

この辺、難しいのがネットの世界てなもんだと思う次第です。


  

2018.01.20 Saturday

抵抗は無意味だ



テレビ局の凋落ってのは、一度始まると停まらない訳でしてこれを停めるにはテレビ局側の
大改革が無いと駄目なんですよね。

フジテレビの視聴率爆死に『芸人が”全力で支える”と宣言して』視聴者の失笑を買う。無意味だ!との批判が殺到

カンニングの竹山さんは別に嫌いじゃないんですが、この件で言えば無意味だって事になります。
テレビ局側、つまり経営サイドが現実を見る気がなくさらに制作局がそれに対抗する手段を講じる
なんて事ができてない時点で、芸人風情がテレビ局を支えるなんて事は不可能。

事実、竹山さんのこの番組だってAbema TVと言うネットの放送局なんですよね。

何某かの大博打をしつつ経営を立て直し、制作の手法を変えていくなんてしないと駄目でしょうし
何を橡狂ったか、制作に必要な制作部なんかを解散したり制作子会社を手放したり。
フジテレビの問題は、制作するスキルを自ら手放した事によるってなもんだと思うのですよね。

で、結果頼ったのが韓流なんですがそれだってどんだけ周回遅れで参加してんだよ、でしたし。
だからつまらないもの(韓国基準でも)なものが多く、つまらないと普通に評価したら差別だの
偏見だのさらにはセンスが悪いだのと、視聴者を罵る方向に動いたんですもの。

結果、いやなら見るなでしょう?

そりゃ観ませんよ。
別に義務じゃないし。
観なくても他に面白いのあるし。

加えて決定的なのが震災の直後でも韓国のグループがー、とかやりだしてた事。
震災前にも口蹄疫だのなんだのあるのにそのニュースを流さず、韓流アイドルがーとかやってたら
見る必要性がなくなっちゃいますからね。

その辺の、運営の失敗を回復できる人が出てこなければ何をしようと無意味、と言う現実を
竹山さんも認めないといけないと思います。
実際に視聴率が下がっているのならばそれを認め、問題を提起し改善を求めるまたは改善するような
ネタを提供する、てな事でないとなんもできません。

  

2018.01.07 Sunday

ほんと、趣味がどんどん仕事になるなぁ

JUGEMテーマ:車/バイク



模型つうかプラモ作りなんかも仕事化しつつあったりしてさらに趣味を増やさないと
と思っていたら、とうとうバイクや車まで趣味と仕事のダブルトラックに!!



峠工房MOTORLABとして、色々手を染めてしまったのがいけないわけですがカートの
体験走行やこういうメンテナンス体験等など、いろいろと趣味の世界が現実に漏出、
さらに参加者を増やしつつ増殖中てなところでしょうかw

加えて言うと発達障害の子も健常の子も参加しているわけですからねえ。

この辺のノウハウってのは、結構わっちら豊富だったりする次第なのですよね。

まあ、困ったもんだw


  

2017.12.20 Wednesday

魔女の呪いは続いている

JUGEMテーマ:漫画/アニメ



ブレア・ウィッチ・プロジェクトって映画をご存知の方々も多いと思います。
90年代終盤に公開された映画で、ブレアの森の魔女伝説を追う学生達が残したビデオの解析を
そのまま公開した、と言う建前の今でいう「モキュメンタリー映画」ってヤツですね。

後にパート2も作られましたが、多くの派生作品を生みだし映像表現、とりわけCGが発展する
と言う中で映像のブレや意図的な焦点(フォーカス)外し等を使う技法が発展しました。

まあ、その辺は良いのですが問題はこの時期に日本でもおおくのコンテンツメイカーが
製作委員会方式を導入してコンテンツホルダーとなっていった事にありまして。

おおくのメーカーが、ホルダーになったと言うことからそれこそ京都アニメーションの進化、
みたいな展開や、映画製作が容易になったなどがありますが、昨日のエントリでも述べた様に
海外の製作委員会方式の金儲けの部分だけを真似た、模倣しただけの委員会方式だったのは
やはり否めない訳でして、出資して大きな利益を得るって流れからだんだん変化する事になり
問題が出始めているのですよね。

それの大きな要因となるのが、このブレア・ウィッチ・プロジェクト。

総予算300万円で製作されたとされるこの映画は、それまでなかった物だった事から
大ヒットして莫大な利益を算出した訳ですね。

ここを勘違いした人が、映画会社やテレビ局、芸能事務所や諸々メジャーな会社の
役員や幹部級、部長や専務と言った人達に増えていったわけですよ。
まあ、プロデューサーやスポンサーのお偉方と思いましょう。

問題はこの魔女の呪いに罹ったのは、電通などの広告代理店の方々も同様ってことです。

本来、電通にせよ博報堂にせよ投資とその資金の利用方法と最大の利益の得方を
分析して提示する事が大事なんですが、それに関する考えが完全に飛んじゃった!
てなもんなんですね。

幸いブレア・ウィッチ・プロジェクトの頃はそこまで酷い状態にはならなかったのは
あるにはあるんですが、時を経るに従い、景気の低迷だのなんだのがでてくるとブレアの
魔女の呪いは顕著になってくるという始末。

それまでは
「ブレア・ウィッチみたいなのじゃないと駄目なんだよ!
 これからはアレみたいにお金を賭けずに大ヒット(大儲けと同義)しなきゃだめ!
 カネを賭ければ良い物作れるなんて当たり前してたら駄目なんだよ!」
と、芸能プロのお偉いさんやテレビ局のそれなりの人などが言ったりしてただけと
言っても良いのですけれど、映画製作だのスポンサーになるところだのも言い出す人が
出てきて結果、電通なども同様の呪いに染まった訳ですね。

で、そうなると出資するパターンの低予算化対策に製作委員会方式は多用されます。
その多用された結果、少ない出資で大きなリターンを売りにしてしまったといえる、
本末転倒な部分になるんですね。

なのですが、ブレア・ウィッチ・プロジェクトなんかは実は低予算をカバーする為に
まずブレアの森の都市伝説とそれを調べるサイトを作り、行方不明になった学生の
テープが発見されたという形で盛り上げていくんですね。

かなり深く凝ったつくりにしたので、実際の伝説と勘違いする人もでたりしたそうですが
それらの手間と時間をかけて、ヒットに導いた訳です。

それはカネを賭けないが、時間と手間隙を懸けた結果のヒットだったという事を
偉い人も電通も博報堂もなんもかんもが無視して低予算で大ヒットの部分しか見ない
と言う事で、日本のコンテンツ製作者達の予算を逼迫させる結果になった、てなもん。

こういう流れの中でそこを改善せず(とりあえず周るから)と言う事で本来は
コンテンツクリエイターたる会社まで金の管理だけになってしまった訳でして、
そうなると今度はコンテンツを維持する、寿命をもった作品を作り続けるという
本気でやらないといけない部分が台無しになってくるんですね。

結果、フジテレビが過去のドラマをリメイクして駄目にしたような、あるいは
低予算の製作委員会方式でなんとかなるだろうという事で映画を作ったりして
定評価と言う事が数多く起こるんですね。

実際、ブレア・ウィッチ・プロジェクトはパート2で普通にホラー映画をして
あまりヒットしなかったなんてありますが、1作目ではサントラを出すなどの
かなりな冒険してたりします。

低予算で冒険しない、と言う風にシフトしたのは実は日本のテレビ局や広告代理店、
あるいはスポンサーとなる企業の広告部門等などでそれが日本のコンテンツ特に、
映画分野を破壊したってのはいえると思います。

ゲームやアニメ、漫画などはそれでもまだまだ生き残るだけの余力がありましたし
元々低賃金カルテルの最右翼ですからね。
それがダメージを受ける様になるのは、今回のけものフレンズ騒動が発生するまで
表立っての問題は無かったという事にはなるんですが、実はその片鱗。
艦隊これくしょんのアニメの段階で見えてきているってことだったりするんですね。

それは、実際にクリエイトするアーティストではない出資だけの製作委員会が
利益の分配や利益を出すのを目先の事だけで考える事から発生する訳ですが、
この結果、艦これのアニメは撃沈し、本体であるゲームも大破炎上中、てなことに
なったといえるのはあったりする訳ですね。

  

2017.12.19 Tuesday

アニメも特撮もドラマも映画もゲームも……。

JUGEMテーマ:日記・一般



製作委員会方式の限界が露出した2017年ってところじゃないでしょうか?

顕著なのはやっぱ「けものフレンズ」だと思います。
ゲームはぱっとせず、その他のメディアミックス展開もぱっとせずという状況でアニメが
なぜか大当たり。

世間様的には、間違って深夜でやってる子供アニメと言う言い方もある様に、深夜の作品
としてはお子様大喜び路線です。
もっとも、お子様大喜び路線てのは、大人も喜ぶファミリー路線てな事になるのですから
当然ですが、結構な層にヒットする訳ですよ。

萌えの人も燃えの人も含めてね?

んで、テレ東は朝の再放送つう大博打に打って出ましてこれが当たりました。

CMは基本的に深夜枠の頃とあまり変わらん気がするが、これ子供にも人気がでたのはあり
自衛隊も演奏する始末。

さて、問題はここから。

ヒットした事により利益が生まれるのは必然。
当然、今後の展開も考えられるようになるんですが、ここでどうやら製作委員会方式の
駄目な部分が影響したといえるのではないか、と。

元々の規定ではどうやら規約を満たしていれば大体OK。
なので、たつきの「ばすてき」であっても競馬とのコラボであってもどん兵衛のコラボも
実は基本的には、なんの問題もない、のだそうです。


ところが、製作委員会は複数の人、会社などが少額の出資で大きな利益って部分だけが
一人歩きして、失敗した時のリスクは考えてないってのが日本の現状。
この現状を遡ると90年代半ばのOVAブームまで遡る原因の究明と改善が必要と言うのは、
ないわけじゃないですが、言い換えればそういう問題を無視して今まで来た事が問題。

これはアニメの低賃金カルテル状態と被さる部分ですが、過去に上手く回ったからそれで
と言う事で現在にあわせてアップグレードを怠った事が原因なのですね。

良くアニメでは手塚治虫を悪役にしたてますが、手塚治虫は道筋を作る為に海の物とも
山の物ともつかないテレビアニメの週間放送をやるために尽力したのはあります。

実際、テレビ漫画と呼ばれてた時代にはそれで家が建つ訳ですし、職人芸の世界ですので
技と知識とアイデアで勝負できた時代もあるんですよ。

これが大企業が入り込み、金になるとなったときに改善しなかったのは安く造れる現状を
維持したいという思惑があり、アニメ製作者の賃上げ要求を蹴った事による、なんて話が
あったりするんですね。

因みに、その際所謂体制側にいて、アニメ製作者の賃上げを潰す努力をしてたのが
やたらと手塚治虫叩きをする宮崎某さんだそうですがw


ソレと同様の図式はやはり製作委員会方式にもあって、製作委員会が映画であれアニメであれ
ゲームであれなんであれ、利益を一番享受すると言う仕組みで動いた時期はあるにはあって、
同時にそれで制作会社も潤う時代がない訳じゃなかったんですね。

ただやはり、出資者の欲は停まりません。

元々、アメリカなどのエージェントや出資ファンドなどをモチーフというか金儲けの
部分だけを見る人が取り込んだ結果、と言う言い方もできますがスタートはやはり、
ちゃんとコンテンツ制作をして全部が潤う、な思想があったんですね。

その一例は(実質失敗といわれる)ときメモファンドなんてえ話しもない訳ではなくw

ファンの出資で作るという事になるのはどうか?!など結構マスコミが叩いた事もあり
頓挫気味な記憶しかない訳ですけれども、これが一例となり製作委員会方式への完全な
移行と思ってよいのですね。

なのですが、この方式。
本来の欧米型で言うならば、出資者は元を取り数パーセントの利益で我慢する事が
望まれたりしてるのがありました。
なぜなら、コンテンツ製作者を育て次の製作委員会の作品にも参加してもらう為に
利益を広く分配する方向で行う、つまり投資と回収の仕組みであり労働者の賃金が
一定の水準を満たすための仕組み、と言えなくもなかったそうで。

これを某やたら憎まれる代理店が儲けの部分だけで取り仕切り始めたら、おかしくなり
アニメも特撮もゲームも少ない予算で苦しめられるなんて事が起こったなんてのも、
実のところは、否定できない現実ではあるんですね。


では、何ゆえそれが起こったか、というと実は魔女の呪いがあるのです。

多分続く


  

2017.11.09 Thursday

家業と本業の融合合体!

JUGEMテーマ:車/バイク



I!GO!融!合!ひやういGO!ですよ!

て、何かといきなり思われますかもしれませんが実は11月3日に実家のNPO峠工房
WindsFormulaAssociationNaturalRebornで発達障害児や健常児、健常者や障がい者を
分け隔てなくカート体験走行するイベントの初開催したんですな。

場所は木更津サーキット

千葉県は家(峠工房)から遠いですが、ちゃんとETCも使えるし普通に高速道路も
使えるから大丈夫だ!
なんて感じなのですけれどねえ。


まあ、豆腐メンタルが2号車運転なんでなんか凄い事になってたけどな!

因みに、豆腐メンタルがオタつく要因は川崎航路トンネルでの事故からの渋滞だよね。
これなかったらもうちっと落ち着けたのでは?
とおもうがまあ、済んだことはしょうがないw

さて当日は快晴。
サーキットも朝方は路面がちょっとウェットだけどなんともなし!


インストラクターはプロレーサーでNaturalReborn現在の理事長伊藤鷹志。


最初は彼が、二人乗りカートで横に参加者を乗せてコース体験。



各種説明の後、実体験。



んで最後は模擬レース。



さて、これだけの事ができるのは峠工房の数十年にわたるデータの蓄積と解析、それと
それぞれの子供に応じた対応策の構築手順の体系化ってのがあったりします。
勿論、障害特性なんてのも考えて対処するのであるからけが人が出る事はないw

そしてモータースポーツはWFAが十八番の世界。

さらに伊藤鷹志はプロレーサーでNaturalRebornの理事長を引き受ける様な人だから
対処、メンタルケアは万全(かもしれない)。

そこに元々イベントやデザイン、映像などに関わってる私のノウハウとWFA理事長の元々の
本業の分野のノウハウと、伊藤さんのスキル等を全部合わせればこれは安全に色々それこそ
安全に危険に直面できるではないか!と言う状態に!

なので、およそ1年のスパンを経てシステム化した上での開催なのですね。

ここで私らがやったから俺らもできるだろう、と思ったりしてカート体験とかさせると
大怪我させる可能性があるから、下手に真似なんぞしてこちらのこれからのカリキュラムを
駄目にする様なことをされたら溜まんないな、と口だけ福祉支援施設なんかの存在が
増えた事で気にはなってるあれこれありますが、とりあえず大成功ではある。

なので、これの開催スパンをなるべく短くできるようにした上で、各種企業や
それこそ自動車・バイクメーカー、さらにはモータースポーツ関連企業の協力、
なんてのを求めたい昨今なのです。


  

2017.10.29 Sunday

メディアというかマスコミの変化が求められる選挙でしたね。

JUGEMテーマ:日記・一般



選挙が終わってもう1週間?
なんやかやで結局、マスコミ大敗北って選挙でした。
なにしろ、1年間近くに渡って騒いだ森友学園も加計学園も結局、安倍晋三総理には
なんの関係もなく、さらには自民党の関係すらない。

加計学園に関して言えば一度、自民党で却下された事案を民主党政権で復活させた、
と言う事でしたし、それに尽力したのも地元の民主党議員。

その努力をぶっ壊したのが元民主党の民進党で最終的には民進党すらぶっ壊れた。
そんなオチ。

これ須く全ての原因はマスコミの報道の自由だの知る権利だのの独占化によって
報道が機能しなくなった事に起因する事だと思ってよいと思うのですよね。

テレビが現在ほぼキー局と既存の地方局だけになってるのは電波の占有状態というのが
存在してて、それにより新規参入ができないのがあることによりキー局の意向が強い、
と言うのがあります。
その結果、テレビ産業の上の方の意向が大きく強く反映されますから反自民一色となれば
テレビの放送が情報源である限りは反自民が実際に多いかの様に錯覚するんですね。

現状ではネットが存在し老人ですらスマホやタブレットで確認できる状況では
老人だって事実や実際、実像を知るのはたやすいのですね。

だから、自民党の悪評を流そうとそれはどうにもならない。
ネットはデマばかりだと言う事を言い募るマスメディア(旧)の言う事を信じて
ネットも携帯も持たない人だけがそれを信じるし、恐らく自身を一番デマから遠い
と信じてますが、フェイクに一番汚染されやすいともいえるのですよね。

その結果が今回の選挙結果に集約されただけです。

それは、韓国のブロガーにすら看破されてるんですよねえ

韓国の人ですから、韓国国内メディアの問題を説いていますが、朝日新聞のコピーと
呼ぶに当たりそりゃあそうだろう、としかね。
そもそも、従軍慰安婦だって朝日の自称虚報、客観的に捏造だった訳でしてそれを事実と
ねじ込んだ結果の問題があります。
そしてそれが事実と違うというとマスコミ総出で叩いた結果が、今の妙なというか
チグハグかつ矛盾の塊の反日情勢で、ソレに対して事実を持ち出して再検証をすると
事実であっても訴訟を起こされる国、韓国としてしまったのがあるわけですからね。

2014年に虚報を認めた時点で朝日新聞はソレを世界に向けて発信するべきでした。
信用されるためには、間違いは間違いとして謝罪するべきでそれを実は慰安婦の話は
虚報でしたお騒がせしました、とすれば実のところでは多くの人は謝罪の姿勢で朝日は
同じ気持ちで日本政府を批判したのだという人がでる可能性はあったのですね。

そうすれば少なくともココまでのマスコミ不信は広まってないでしょう。
少なくとも一次ソースとして利用できるものとしては最低限の価値が残った可能性もある。
ただ世界に向けて謝罪をしなかった、間違いを是正しなかったことで問題を大きくして
日本のレガシーメディアの止めを刺しにいっただけだったんですね。

多くの人は謝罪と訂正を世界に向けて行い、誤解を払拭する努力をしていたらそこまでは
責めなかったかもしれません。
ですが、それをしなかったためにマスコミは、政権交代を騒いだ時以降からの不信をさらに
強く抱かせる存在になり、とうとう誰も信用しないモノになってしまったといえます。

海外でも慰安婦の事実をベースに研究した人への判決に異様さを覚える人が増えている中で
この朝日新聞の姿勢は、確実にパクユハの尊厳を踏みにじったといえるのですよ。
事実はこうだから、彼女の話は一定の信用性がある、と言う声が出せない状態を韓国に
提供した事は、報道の自由や思想信条、学問の自由を保障する先進国の中では大犯罪と
言っても良いのですよね。

では、マスコミが再生する可能性はあるのか?
現状でまだモリカケを使うつもり満々な野党をひゃいひゃい応援してノリノリになっている
と言う事では全然可能性は無いよ、と言う事になるとおもいます。
所詮はフェイクニュースなんですからね。

現状で10代、20代の自民党支持率が高いのもそれが右傾化ではなく単に情報の比較から
野党は論外となった事になるんですね。

そりゃあ、一昔前なら労働者の権利を護るためには共産党が!と言う考えも否定できない
と言う現実はありましたが、この10年を見てみても共産党は志位さんの体制の中劣化を
続けて労働者や弱者の味方としては機能していません。
これから労働者の一番弱い立場になろうという若者には味方には見えないのですし、事実
味方足り得ないのです。

企業の元気が無くなる中で、雇用を維持する為には結構無茶しないと駄目です。
その無茶をやれるか否かですが、例えば法人税を下げるから雇用増やせ!と言う事であっても
安倍がやるなら反対の姿勢を見せる共産党は、支持できないでしょうし雇用を増やす対案を
内部留保金を使え!とか言い出す時点でグローバル化した現在での産業や企業の経済や金融を
判ってないよね、となってしまいます。

少なくとも十数年続いた志位体制は、もはやポンコツなのです。

そして、マスコミが野党不要論に拍車をかけるんですね。
SEALDsを若者代表の様に持ち上げましたが、それによって起こったのは若者は自分達の
将来を護りたいという大きな意見をその為に安倍を倒す若者が決起したと全部SEALDsに
象徴させちゃいました。
でも若者の将来を護りたいは緊迫する世界情勢で少なくとも軍事オプションを利用してでも
自分達国民を護れる様にしてほしい、であったり雇用の安定や将来の年金の問題なども含め
反安倍一色じゃなかったわけです。

SEALDsの方が、少数派だという事実はあの時点でわかっていたのにそれを見ずに
自分達の見たいものだけ見て、ネットはネトウヨの巣窟だから信じるなと過去にも
失敗したようなネット=悪をやらかしたんですね。

SEALDsだってネット使ってんのに。


しかも、困ったことに反安倍界隈だけがそれを信じたんです。

いや、野党もマスコミも知識人枠もその新聞やテレビの言い分に縋ったと見たほうが良く
自分達が進歩的で理性的であるはずなのに、誰も理解しない事から他を愚者と決めてしまい
愚弄する人達ばかりが目立った。

国会議員なら有田さんがその筆頭でしょうし、知識人なら香山リカさん。
他にも結構でてきましたしテレビでは安倍晋三だけは悪口雑言を並べ罵ってもよいかのような
ダブルスタンダード連発。


これで、マスコミを信じろってのは土台無理な話なんですな。


そして現状。
マスコミは狂気に駆られたように相変わらず立憲民主党がすごい!をやってますが
立憲民主党の数字は民進党時代からなら激減です。
希望の党を乗っ取った連中とあわせても野党第一勢力とするには非常に弱い現実を
ちゃんと見ずに安倍は信任されてない!と妄想を言うレベルに近い事をくりかえす。

それでは、誰もついていかないし情報産業として価値は見出せなくなっている
というのが現状なのですね。

恐らくこのまま行けば立憲民主党や希望の党の旧民進党勢力と共にレガシーメディアは
消滅して新しい新聞やテレビのあり方が議論されていくし生まれていくでしょう。

その時、情報産業として生き残るにはまさに情報は情報として偏向せず伝え、
事実は隠さず自陣営に不利でもちゃんと伝える努力ができる情報産業を作るか
あるいは偏っていることを前提に、その方面の人達だけが専門のチャンネルや
新聞が様々な分野で乱立するかのどちらかではないか?
なんて感じがする次第です。