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2018.02.01 Thursday

実のところ、杉田発言って現在起こっている問題を指摘している 7 モンスターペアレンツと政治と社会の問題編

JUGEMテーマ:日記・一般



実のところ、なにもモンスターペアレントは2000年代になって急に生まれた訳ではありません。
80年代の終わりから90年代にかけて生まれてきて00年代から急激に社会での勢力を伸ばしたと言うのはあります。
それは元々はクレーマーな保護者と言う認識だったかもしれませんが、段々と利用価値があるとなると利用され増長され、そして社会の必要、不必要や優先される順位等を無視して自身の要求だけを通す様になっていったのですね。
 
最初は、障害を持つ子のいる家庭から派生したクレーマーだったかもしれません。
または、介護の問題を抱えた家庭からかもしれません。
それらが複合的に同時多発なのかもしれませんが、本当の意味での意見や要求等ではなく単なるクレーマーである保護者や家族は、それでも少なくとも90年代前半までは行政が拒絶する事はできたりしました。
しかし、バブルが弾けて政権が交代してさらに景気が悪化するような事が続くと、新聞等のメディアは自民再登板ともなればそれらを利用したのは否めないと言う判断も必要なのですね。
 
実際に、共産党の一部下っ端等はこのクレーマーの言う事を鵜呑みにして行政を叩いていたところもありました。
 
しかし、マスコミがDINKS等の新しい価値観!!なんていうのを振りまいたり、親でも一人の人間!と言って責任逃れを推奨するかの様な姿勢を強めると色々と変わってきます。
 
親になったら自由がないのか、個人の楽しみはだめなのか!
なんて騒ぐクレーマーペアレントとなり後々、モンスターペアレントとして成長していきます。
いや、進化か。
 
現実に、親になったなら諦めなければいけない自由や楽しみは多く存在します。
また夫婦となった場合でもその様な例はあったりします。
例えば親になった以上、自分達が望んで作った子供です。
その子供に対する責任と義務が生まれ、それを遂行しなければいけません。
これは少なくとも2000年代までは片親であろうと両親であろうと親になったモノ、親を全うする意思を持つ人は共通して持っていて、わがまま勝手な親や大人を叱責する立場であり諭す立場を持っていた人が多数派でした。
 
しかし、社会の動きというかメディアによる誘導は親もまた人なのだから自由と楽しみが有って当然と言うようなことを行いますから、それを根拠に子供の放置や育児放棄、児童虐待等を肯定する親だった人がいないわけではないのですね。
そして、少子化を煽り子供を社会の宝として地域で子育てと言う話になりますが、しかし。
そんなの日本では過去からあって、悪いことすりゃあ怒る雷親父なんてザラにいましたし、悪い子を諭す近所のばあちゃん的存在だっていました。
 
なんですけれど、それらを社会から排除する動きを創り政治の中でそれを良しとさせて社会での子育て、地域での躾と言う概念が通用しない状態を作ったのは、なにあろうマスコミの言う事を鵜呑みにして社会のあり方を変えてしまった良識的な市民を自認する方々、といっても過言ではないのですね。
 
加えて、耳に優しい子育てや障害者福祉、障害児教育の事を言う野党や自称識者や専門家の言葉に流され本来行うべき重要な事を無視してしまったのも社会を構成し、牽引していると自認する良識的な市民や熱心な親を自称する人達と言っても良い訳です。
 
なぜそれが言えるかというと、津久井やまゆり園の事件を思い出してくださればわかると思いますが、言ってしまえばド田舎です。
辺鄙な場所で人も少なく、住宅も少なかった場所にその手の施設は追いやられるしこれはいわゆる孤児院でも同様。
それは、良識的な市民を自認する人達は社会を良くする為の努力は他者の仕事でよそが責任を持って受け入れろと言う姿勢を意図してもしなくてもやってしまった事によるのですね。
 
孤児院今は、児童養護施設なんでしょうが、これだって利便性の良いところには作れません。
社会は子供を守れとか政治は弱者を切り捨てるなと言う事を言うその人達は利便性の高い都市部や住宅地周辺には治安の悪化や安全性の不安を盾に認めない事が多く、またそれらを支持者に持つ政党や政治家はそれらの施設や人をよその辺鄙なところへ移動させるために尽力した結果、だったりするのですね。
 
したがって、良識的な市民、熱心な保護者を自称する人たちほど他者や不遇な人や子を排斥してきた差別してきたと言う問題はあったりします。
また困った事に、メディアもそういう自称良識的な市民や熱心な保護者の声しか聞かないし報道しないなんて言う状態だったりしました。
無認可保育所で事故が起これば与党のせい、政府の所為。
 
でも実際には保育所建設を反対する良識的市民の問題だと思いますし、都市部や住宅地にそれらを作らせないやらせないと、でも権利をよこせと言う人達の問題だったりするんですよね。
 
その結果、子育て、育児、保育、託児、教育、療育と言ったものは破壊され、同時にモンスターペアレントの跳梁跋扈を許す社会になってしまいました。
 
これは一重に社会の自分の権利だけを主張したい人達を容認した結果のトラブルですし、政治もちゃんと対応できない、しないさらには政治家や政党という存在が野党である場合票田確保のために多少の問題はあろうと、優遇させた結果、なのですね。
これにより、前に言いました本当にそのサービスを必要としている人が受けられず、またそういう本当に事情がある人や家庭を無視する結果になったのですね。
 
そして2007年、08年を境にモンスターペアレントと言うノイジーマイノリティが幅を利かせる様な事になったのは、与党が民主党となり大衆迎合、というか大声迎合の政治をした結果だと思いますし、利益ばかりを追求することになった自称報道機関の大手様達の所為、と言うのはあると思います。
 
もっとも、これらの問題に対して地方局、と言ってもTVKはそれらしい活動をしてたとは思えませんがその他の地方局は微力ながらも問題を提起すると言う事を多々行っていたのは事実なのでメディア=総悪人!と言う認識をもってはいけない事にもなります。
 
問題があると思ったら大手メディア、民法キー局やNHKと言ったところより地方テレビ局に言うほうがちゃんと報道してくれるかもしれません。
予算が許せばドキュメンタリーの一本でも作ってくれるのではないでしょうか?
 
と、話がずれてしまいましが、しかし08年を境に勢力というか影響力を強めたモンスターペアレントとその一団は数の総体は少ないなれど、マスコミや野党の後ろ盾を得て既存の「保育所の必要がある人」「幼稚園の利用が必要な人」「託児サービスの必要な人」等を覆い隠しあるいは、自身の利益のために駆逐し単に親のエゴと言う親の都合で預けたがる人達だけが目立ちまた、その声ばかりが表に出る事になったのです。
そして、本来必要としていた人達は、今は声を出せないあるいは地味に探すしかない状態です。
 
正直なところでいえば、保育園落ちた日本死ねなんてかける人はそれだけ余裕がある人で、託児や保育施設の利用を絶対必要とする人ではない、と言うのが現場側からの意見でしょうか。
実際、それの代弁者だった山尾しおり議員は不倫疑惑(限りなく黒い)の上、弁護士とホテルで会う時に子供を預けていたと言う話もあったりします。
 
しかし、この10年余りでモンスターペアレントやそれを擁する方々の所為で問題は多くなり同時に言えないけれど言わないといけない、と言う事態も生み出したのですね。
 
次回「言葉狩り」編

  

2018.01.31 Wednesday

実のところ、杉田発言って現在起こっている問題を指摘している 6 社会破壊集団編

JUGEMテーマ:日記・一般



前回はメディアによるファンタジーが当事者や実際にサービスを提供する人や組織、団体や行政と言ったモノの足かせとなり他罰的になったモンスターペアレントが徒党を組むと言った様な話をしましたが、それは社会破壊集団として変化していきます。
 
元々、そういったクレーマー的な利己集団等は過去からいましたしそれに対抗する手段も講じたりされました。
しかし、多くの圧力組織があり段々と、利己的なモンスターペアレントが幅を利かせてくると言う事態は進みます。
それは時に、まったく保護者ではないに親の会を名乗ったり、保護者会を乗っ取ったりと言う事等でも数を増やし、結果社会破壊集団と言う事になってしまった、なんてものもあります。
 
多くには被害者団体を装うなんてのもありますが、被害者団体に弁護しが近づき自分の信奉する勢力に取り込むなんて事もあったりはしたそうです。
 
その様な存在が過去からいてもなんとか抑えが効いていたのは、行政や政府、与党勢力や野党でも真面目な勢力がちゃんと活きていた部分があったからといえますが、バブル期以降大きく変わります。
最初に細川政権などがバブルを破壊した時期がありましたし(経済システムの不調を生む)、村山内閣では政治的社会的公共的なインフラやシステムをだいぶ崩壊させてしまいました。
 
その際に、阪神淡路大震災での自衛隊の初動の遅れ等がありましたし、救助の手が届かない、届きにくい状態を産んだなんて話もあります。
この頃から、行政ではなく市民の手で!と騒ぐ人が目立ちだします。
現在も政治家をやってるある人なんかは、被災地で自衛隊の援助を受けるなってビラを撒いたなんて話もありますしね。
 
後に自民党が連立与党と言う形でも与党に返り咲いて小泉改革等がでてくると、発達障害に関する対応策や片親の児童に対する対策や貧困家庭対策等を打ち出すには打ち出しましたが、野党はやはり反対だけの野党というのが多くスタートさせてまるで役に立たない状態に破壊されたと言う印象が強くあるものが結構あります。
その後、小泉から安倍、福田、麻生と続く中でマスコミは自民党を叩くためならなりふり構わないをより加速させてクイズや漢字テストを国会でやる野党を褒めそやし、世論を政権交代に煽ります。
 
老人たちは、自分達の年金が心配だと言う事で
「自民党にお灸」
などといって政権交代を実現させてしまいましたが、子ども手当だなんだを含めてそれは社会のシステムを一気に破壊するだけのモノだったのですね。
子ども手当は実際には財源は無く、控除や児童手当的な物を廃止するなどで財源をまかないまた外国人にまでばらまくことで、更に財政に危機を与えたわけです。
これがバブルの頃のように毎年の様に右肩上がり収入は上がる、というのなら別ですが、そうでないです。
 
リーマンショックと言われるサブプライムローンの破綻で世界的な恐慌になりかけてた時期に日本国内では反自民だけに絞っていました。
世界的に不景気である以上、非正規雇用の人は切られます。
それを派遣切りとして悪逆非道かの様にしたマスコミは社会の常識の破壊者集団と言っても良いです。
トヨタにせよ、次の仕事が決まるまで寮を使えると言っていても悪人扱いでした。
  
ただ、派遣切りをされて大騒ぎしていた人の大半がほぼ給料をまるまる使っていたのですね。
派遣である以上、正規雇用では引かれる部分がないので正規社員より多く貰っている訳ですから一時的には贅沢できますが、本来派遣はその道のプロであるから高い給料が出るわけです。
それを無視して、自分のために使うでもなくただ享楽的に使った人をマスコミは持ち上げた訳ですからこの一部の騒ぎ立てる後先考えない派遣の方々は社会の破壊集団として考えても良いのです。
  
この所為で派遣社員の価値はだだ下がりになったのですからね。
 
こういった問題に飛びついて、状況を見ないで民主党政権を誕生させ、そして民主党は社会インフラを世界情勢や経済を見ずに破壊し、子ども手当で財源を失い、社会インフラの一つである保育、育児、託児等の施設を減らす事になりました。
実際に、負担ばかりで維持できずに民主党政権時代に廃業した保育所等は結構あります。
 
その状況で、民主党政権時代に言われたのが
「子供は社会の宝なので、社会で子育てする」
と言う主旨のことです。
一見立派ですが、この言葉を錦の御旗にして自分達の自由と享楽のために子供をネグレクトする親、自分達の都合だけで子供を何処かに預けさせる為に大騒ぎする親が勢いづいただけでなく集団としての力を得たのも事実なのですね。
 
勿論、民主党政権時代以前からそういうはいましたし、集団になるクレーマー状態なのはいたのは事実です。
しかし子ども手当だの社会で子育てだのを大々的に宣言して社会が受け入れろと言ったと、政府が言ったといえる状態を作ったのは、民主党政権時代で特に鳩山内閣時代が酷かったと言うのはあります。
菅直人内閣になると財源不足からの増税論が出てきますから、それが目立たなくなりますが社会で子育て地域で子育て等の美辞麗句で政策に失敗や、考えもつかなくなった育児や子育ての社会政策の問題を国民に丸投げしてしまったのですね。
 
その後、震災があり野田内閣になり増税は必須となってしまい決定してしまいましたが、国家レベルの社会破壊集団と化した民主党と、それによってより集団としての力を増したモンスターペアレントや親の願望だけの子育てや親の都合で受け入れやすいものだけを受けいれるわがままな親を多数作り上げたのは、民主党政権と言っても良いのですね。
 
現実にはこの問題は07年から08年に顕著になり対策を練る必要がでていた時代でもありました。
もし、民主党政権があと1年でも続いていたら増税と育児、教育等の政治的な部分が完全破壊されてしまったのでは?と考える人も少なくない訳ですから、民主党政権を短命で終わらせた努力をした人達は褒められて良いでしょう。
 
この点では、もっとも話題になり社会的に民主党の政治的問題を国民・市民の問題として認識させる結果になった民主党本部前で抗議の座り込みをしていた人達は、まずは子どもたちの教育と未来を救う事をした、と言う事になると思います。
もっと評価されても良いと思いますが、なかなかどうしてマスコミは評価しません。
現在は、日本死ねだの国会前で暴力的な騒ぎをする集団を褒めそやす始末です。
 
ただ、これらのしばき隊だのSEALDSだのと名乗った集団はただ不満をぶちまけ破壊的に騒ぐだけになったのでこれもまた社会破壊集団で子どもたちには悪影響だったりしたりするのもあるんですけれどね。
 
 
次回「モンスターペアレンツと政治と社会の問題」編
 
 
  

2018.01.30 Tuesday

実のところ、杉田発言って現在起こっている問題を指摘している 5 奇跡の詩人問題編

JUGEMテーマ:日記・一般



杉田水脈発言における様々な喧々囂々って、様はメディアが作り上げてそれこそ自民党の所為のみならず、政治や社会や一般市民の責任に押し付けた様々な問題の噴出ってだけ、と言えるのですがその加速ポイントは「奇跡の詩人」てNHKスペシャルの問題ですね。

現在は、この関係のまとめサイトもだいぶ消えていますがまだ検索すれば出てきます。
わかりやすい概要は以下のページでしょうか?

奇跡の詩人(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%87%E8%B7%A1%E3%81%AE%E8%A9%A9%E4%BA%BA

佐村河内問題で再び注目集める「奇跡の詩人」 NHKの「障害者感動物語」手法に疑問の声
https://www.j-cast.com/2014/03/15199091.html?p=all

この番組では重度の障害をもつ少年を、ドーマン法と言う治療方法というか育児、コミュニケーション手段を使い天才的な詩の能力を開花させたとして両親も熱心にそれを行い、親の言葉としか思えない詩を紡ぎ出しているのです。
しかも、Nスペでは明らかに少年が寝ている状態でも親がものすごい勢いで文字版を叩いている姿や健常児の妹への虐待とも言える行動等に、批判が出ます。

また、大きな問題としてそのドーマン法が魔法の様な治療法の様に見える演出にありました。
だれもがそれをすれば、劇的に改善するかの様な演出や、無批判に賞賛する姿勢。
そしてそのNスペのあとに新作の詩集が出るという、明らかに宣伝としか言えない状況。

これで批判するなと言うのは無理な話だし、その親と信者だけの問題なら見て見ぬふりも可能ですが、実際に保護者や児童、教育、育児、療育機関には迷惑どころか被害が出ることも多い状態で今はスットコドッコイの代表みたいな有田さんもまともな批判をしていましたし、被害というか障害をもつ子の親の言葉を載せていました。
まあ、もしかしたら本人の創作なのでは?と今では疑っている人も居るにはいますが(これも被害と言えるw)

そのドーマン法ですが、創設者の方々も効果がでる子も居るが万能のものではないと後に言っていますし、実際に効果がでるタイプとそうでないタイプの障害があります。

しかし、放送後数週間は障害を持つ子の親に対して、
「NHKでやってた治療法を試しなさいよ!」
ですとか、
「あの治療法を受けさせないなんて親の愛情が足りない!」
なんて言う人の数が増えたのは事実です。

NHKスペシャルのやらせ問題発覚以前でしたし2002年です。
まだまだ自閉症はテレビを見せて育てた親の責任ですとか、発達障害に関する知識が徐々に広まった時代です。
これがまだ、日テレで関口宏がやってたような感動バラエティ番組なら流す事も可能でしたでしょう。

しかしこれまでNスペは科学的かつ論理的と言う評価を一般に受けていました。
それが感情優先の感動路線でしかも、見ている側には無批判にそれを受け入れてすべての万能魔法治療法!の様な演出では、完全にデマの流布に近いことになりましたし、他の障害を持つお子さんの居る家庭では世間の無理解によるまたは、NHKがやっていたのだから、と言う事での言われない批判がでたのですね。

よって、ネットだけではなくリアルでも奇跡の詩人批判や反証、問題提起等は行われました。

しかし、これに対してこれまた無自覚に悪意の行動を取る人達が騒いだのはあるのですね。

それがいわゆる善意の第三者、正義の一般人となる人たちです。

現実には、障害者の療育は一つの方法で完璧!とはなりえないのが多数です。
また、ドーマン法は今はどうだかしりませんが当時はコストがバカにならない程かかりました。
一般家庭では無理なのです。
それに対して、医療行為と認めれば良い!と声高に叫ぶ善意の市民が出ることもありましたが、しかしそれはミミズを煎じて飲めば熱が下がるレベルの汎用性でしかないものに法的なお墨付きは与えられません。
少なくとも、多数に効果がある少数には効果がないとならないと行政のお墨付きは詐欺に利用されるだけなのですね。

結果、少年の家庭はかなり厳しい目に遭ったしNHKは信頼をその時点で少しばかり失いました。
NHKスペシャルも、他のバラエティと変わらなく成った事から地上波離れの加速トリガーを牽いたなんて話を言う人もいないわけではないです。

ですが、極少数にしか効果がでずコストも一般的ではなくまた行政が認めるには無理の多い仕組みを手放しで褒め、他の努力している家庭や障害をもつ当事者等にいらぬ風評を与えたNHKの責任は途轍もなくでかいですし、それによって被害を受けた人達の苦労は計り知れないといえる状態ではありました。

これらの事がNHK内で無批判、無自覚のまま作られ今も反省をしたと思われていない状態が続くのは90年代初頭から始まる障害者=ピュア、天使な伝説の流布とつながるとも言える感じがします。
20世紀が終了する直前には引きこもりや自閉症の子を繊細な心を持つ天使のように崇めさせようとした事もありました。

この、当事者を放り出し親のドリームを優先するかの様な状態、親が現実を逃げ、他罰的になる事を良しとする様な風潮はその後加速していき2007年頃から、家庭の事情や子供の状況、問題を取り巻く環境を抜きにして親の主張が第一だ!と言った人達が声を大きくしていく事になって行くのですが、それは更に社会を破壊する要素がでてきて、という事になります。


次回「社会破壊集団」編


  

2018.01.29 Monday

実のところ、杉田発言って現在起こっている問題を指摘している 4 感動押し売りが原因です編

JUGEMテーマ:健康



モンスターペアレントや、それを後押しする善意の第三者という悪人の増加のよって、本来は受けられるサービスを受けられなくなった人、世間の圧力で受け入れてもらえなくなった本当に家庭の事情のある人なんてのが増えていく背景には、テレビの感動の押し売り、なんてものが有ったりしたりするのも考慮しなければいけません。

何しろ、この感動の押し売りは感動したドラマやアニメやドキュメンタリーや映画と言うのが簡単に視聴数を稼げると勘違いしたテレビ経営陣上層部の問題なんかがでかかったりするんですね。

それを過去30年位前は「お涙頂戴物」なんて言ってかなり低く見ていましたが、現在は大衆は安易な感動を求めているとか泣ける自分に寄っているなんて事でお涙頂戴物が「感動ポルノ」と揶揄される程になってしまいました。

勿論、過去からそういう物が無い訳ではなく、一部には日本人は悲劇が好きでそういう話しがあちらこちらにあったから、と言う事を言う人もいますが、現実には存在しない悲劇だから非日常として楽しんだと言う方が正しいと言う説も有ることからどうとも言えませんが、実は洋の東西を問わずに悲劇は結構好まれます。
ハッピーエンドでないといけないと言う主義のハリウッド子も向けシアターになると悲劇はぐんと減りますが、子供にもちゃんとしたドラマを見せようとすると、結構ヒーロー物でも悲劇な最後を迎えるエピソードが無いわけではないです。
つまり、リアルにやった結果の悲劇や涙を誘う物なんてのは正統派のドラマの一つであるって事なのですね。

なので、私が幼少期だった40年以上前には「みなし子ハッチ」ですとか言って普通にありました。
現在は「みつばちハッチ」なんて言われてますが僕の子供の頃は「みなし子」だったんですな。

最後にハッピーエンドを迎えるにせよしないにせよこういう話しが私の幼少期に多かった様に感じるのは時代背景もあります。
第二次世界大戦が集結したのが1945年。
戦災孤児や傷痍軍人やそれこそ米兵のレイプによる混血児問題や米兵との子供の問題がまだまだ色濃く残る時代の創作物はそういう現実を反映していました。
サイボーグ009もそうだったりします。
まあ、私の幼少期は戦後からわずか25年余り。
まだまだそういう事が多く、またそれらの幼少期を経た結果の犯罪などもありましたし、予期せぬ不幸での片親、もしくは孤児となる事件も多かったです。

1980年台でもまだまだ35年程度。
其の頃の子供が大人になって子供を作るつまり家庭を作る時代ですがそれでも不幸の連鎖って起こる時代でした。
これは過去の影響で現在に悪影響がでるてな話しですが、一応は実証されてもいます。
また、バブルがあったりすれど、貧困によるまたは片親化による餓死等の事件は中々収まらない時代でもありました。

これをなんとか改善したのは一応、時の政権ですから自民党政権だったりしますがそれを認める人はまあ、少ないです。
認めないといけない部分ではあるのですが、それを認めずまだまだ世の中は不幸だとばかりに悲劇を押し売りし始めるのが1980年台後半からだったりします。
有名なところでは1杯のかけそばじゃないでしょうか?
バブル期の中で母親が子供をつれて1杯のかけそばを分け合って数度目の年末に家族分頼むと言う結末ですね。
実際に、この80年台後半から90年台中盤にかけて片親に成ってしまう事例は解決できたわけじゃないのでそういう事は起こりますが、実話かの様にメディアが広め飽食日本許すまじ!な声を作ろうとしたかのような動きがないわけではないです。
後に、創作だと言う話しがでてきましたが、それでも金持ち=悪人と憎悪を滾らせる中流階級の善意の第三者と言う悪人が多く発生すると言うか作り出された時代でもあるんですね。

この時期の片親になってしまう子供の多くは交通事故の遺児が多かったりします。
あしなが育英会がそういう子達の救済にあたっていましたから、改善されていって今は目立たないと思います。

思いますが交通戦争の名の下にマスコミが悲劇性を強調していたのも事実。
必要以上に不幸な子どもたちと言う事で同情の目を向けさせると同時に、親の離婚で片親と成った子達の親を蔑む風潮を作り出したのもこの80年台初頭からと言っても過言ではないのですね。

勿論、それ以前から片親になる理由に離婚はありましたし大体が親の都合というか悪事に結果と言うのが多いと言う事もありました。
出稼ぎで出かけて都会に女を作って離婚だとか。
何を勘違いしたのか男が女を囲う事を自慢する、複数の異性との性交を自慢するよしとする等々。

一部にはヒッピー・ムーブメントを持ち上げたフリーセックスの文化を持ち込もうとしたりセックスフレンドだの愛人契約だのと言ったのをマスコミが持ち上げたのもあり、性的な乱れが離婚の理由なんて思わせることに成功したなんて言っても良いくらいの時代でした。

それらを経た結果の、離婚=親の罪なんて意識が出来上がったのも長い時代の積み重ねだったのはあります。

ただしここから変わってきます。
感動を売りにすることが同時に80年台の終わりから出ている以上、離婚する親の子は悲劇の子です。
だから可哀想な子供でみんなが助けて挙げないといけないなんて言う風潮も作り出されてきました。

また、ドラマやワイドショーや週刊誌等でも犠牲になる子、悪い親と言う印象を強く持たせる様な記事もでてくる状態でしたし、実際にそれを売りにする性的な職業関係の人もいなかった訳ではないのですね。

そして、ドラマが変質し安易な感動のために片親の子=不幸を作り出したりしたんですね。

そのイメージがあらゆるところに浸透しているのは否定できませんし、その流れで多くの片親の子は不幸と言うレッテル貼りと離婚は親の都合なのだから子供を不幸にするな、と言う言動も強くなったりしました。

感動モノとしての片親の子のドラマや現実でも悲劇を強調するネタとして、または苦労を強調するネタとして醸成されて言ったのはありますし、それで感動をしない人を人非人と否定する事もなかったわけじゃないのがあったりするんですね。

となると、感動のための感動ですので現実とはかけ離れてしまいます。
現実とは違うのに現実に起こっている悲劇かの様に広められた押し付けられた感動は子供の育成環境を社会が見守るというのを歪な形にしてしまったのは、なにあろうテレビの感動を押し売りする超お涙頂戴物の乱発による、と言っても過言ではないのですよね。


次回「奇跡の詩人問題」編

  

2018.01.28 Sunday

実のところ、杉田発言って現在起こっている問題を指摘している 3 必要な人がサービスを受けられない編

JUGEMテーマ:ニュース



共産党と公明党の下っ端や木っ端議員が、なぜ生活保護や幼稚園や保育園の問題に首をツッコミ、尚且つなぜに政党や議員の名前を出してまで、そして社会の仕組みを歪めながらもそれをしたかと言えば、共産党と公明党の勢力争いであって公明党が野党であった時代はかなりそれが激しく行われた戦いの手段だったんですね。

これなら与党自民党と競合しない、利権の獲得って時代でしたから。
それが公明党が与党連立となって以降は大きく変わります。

共産党(と公明党)がそれをしていた時代の話を聞き、同時に「親の都合」で困っている人達に共産党等のネームバリューを使って圧力をかける事で有利に事を運べるとなれば普通にそれを利用しますし、考えが足りない、自覚が足りないなんて言う人がその話を聞けば共産党様々で何も考えずに票を入れるのみならず、権利だ自由だと言う事で責任と義務を放棄どころか投げ捨てた様な親=保護者が増えたのもこれまた事実なんですね。

それが90年台中頃から終わりにかけてで、後のモンスターペアレントに育っていきます。

モンスターペアレントは自分達がさほどの必要性が無くとも楽ができるなら楽をしたいわけですし、受けれる権利は受けるべき!なんて考えてしまいます。
そしてモンスターペアレントは必ずしも二親である必要はないのですね。

それこそ片方の親の都合で離婚しようがなんだろうが”自分の権利”であり”親だからと自由を失ってはいけない”と言う論理で動きます。
それ故に作られた母子家庭や父子家庭は、後々に育児、教育、社会保障の面でトラブルを起こしていくのですけれども、これによって、まともにやっている母子家庭や父子家庭が被害を受けるようになっていきました。

最初は、社会的には小さい問題です。
母子家庭、父子家庭の理由如何に関わらず親の勝手で片親あるいは不自由をさせられている子供と言う社会的な印象が出来上がります。
よって、真面目に生きる人ほど肩身が狭くなります。
本来は、夫婦のどちらかとやむなき事情で別れたとしてもそれは批判の目で見られるのは、そのモンスターペアレントの始祖たる存在と、それを大事な票として集票の為に利用した政治家連中の責任です。
役所が毅然と、と言う事を言う人も居るでしょうが、今のようにネットがあればまだしもネットの無い時代にマスコミを利用されたらおしまいです。

また、ネットがあっても票田を守るために大量投入した兵隊を利用されたらおしまいですね。
これは日本死ねを流行語大賞で選んだ事からも理解でき事かと思います。

この90年台から始まる問題はミレニアムを超えて悪化していきます。
今度はモンスターペアレントが親の都合で片親になったのに苦労している私達が権利を阻害されると騒ぎ、叩く方向に動きだしたりしたのですね。

預けたいのは、親の都合で預けたいモンスターペアレント側です。
母子家庭、父子家庭は勝手に片親になり社会の迷惑になっていると言い、行政から生活保護や支援を受けているのにずるい、って事を叫び出したりしたのですね。
そして、行政への攻撃も増えます。
そういう人達は、自分が目を離して子供が事故にあっても行政や見ていてくれなかった他人の所為です。

その様な事が続いた結果、行政側も目立つモンスターペアレント側の声を聞かざるを得なくなりましす、裁判が多発すればそれだけ費用も人手も馬鹿にはならず、結局は声のでかいだけの問題側が有利になるだけとなります。
また、その様な人達は裁判で勝利したり(地裁であっても)役所側が折れたりした等を錦の御旗としてしまいますから、余計に質が悪い事態となっていくのですね。

あの裁判ではああだった、ここの役所ではこうだった。
後ろに政党や政治家、その他圧力団体が存在するが故に一度は勝っても上の裁判で負ければそれを公表させない、または勝った裁判だけ報道させる等もあったりはしたそうです。

マスコミもまた問題でして、行政=悪者と言う意識を結構刷り込んできていますから、市民サイドも行政が悪いと詳しい話を聞かされずに質問されたら行政を悪役にしてしまうのですね。

そして、働く両親は苦労していると言った神話を作ってしまい、その他の事情を打ち消してしまう効果を作ったのは否定できない事実と言う事になります。

結果、その手の人達やその手の人達を利用する人達などがあつまり、票田になると言う事から自分達は偉い立派な事をしたんだ!と言う形へ自己顕示の方向を変えていくことになります。

そうなると、片親や本当に家庭の事情で子供を預けたりしたい人達が苦労することになるのですね。
それを演出する為に、よりいっそう自分達の利用価値が高い存在を優遇しますし、行政や地域でそういった人達を神輿とします。
その神輿が正しい神輿であったり、良い神輿であれば良いのですが、大体邪神を載せた神輿と思えば良い訳でして、自分達の権利と自由と欲求の充足の為だけに動くので、本当に必要な人を優先させても問題扱いして圧力をかけてきているのはまだまだ消えない大きな隠れた問題と言うのはあったりします。

そして、片親であったり家庭の事情で共働きをせざるを得ない人達が優先されたりしますと、異様な団結力をもって排除に走ったりする事も多々有ったりしたそうでして、中には
「親の都合で片親になって行政の金をもらっているのに贅沢だ!」
などと罵倒する人も、実際にいたのだとか。

理由や事情は関係なく、自分達と同じ親の都合であると決めつけての排除が動く事になり、本当に利用したい人が本当に利用できる場所を利用できなくなる事が増えたのもありました。

時期的には小泉政権以降で、マスコミもそれらを弱者切り捨て社会だなんだと批判し、相変わらず野党がクイズ等を出していた時代にはピークとなり、民主党政権以降から徐々に衰退していきます。

そういう騒動が衰退したと言えど、そういう人達がゼロになった訳ではなく、深く静かに根深く浸透したと言って構わないのが2008年以降の日本の子育て、託児、教育等々の問題なのですね。
新しく親に成った人達にそういうモンスターペアレントだった人やそれらを支援した人達が先輩面して教えた結果、間違った行政サービスの利用方法を正しいと思い込んでいる人も増えた現実があるのです。



次回「感動押し売りが原因です」編


  

2018.01.27 Saturday

実のところ、杉田発言って現在起こっている問題を指摘している 2 駆逐される家庭の事情編

JUGEMテーマ:日記・一般



杉田水脈発言により、あれやこれやといろんな意見や過去に当事者だった者あるいは今の段階で当事者である人達などで様々な意見や感情的な批判や擁護や感情的な擁護と、言ったものが出ていますがこの中で取り沙汰されてる言葉に
「親の都合で預ける〜〜」
と言う主旨の言葉。

行政というか法的な関係で見る場合、親の都合はネガティブな用法です。
政治や社会、育児、保育、託児、あるいは障害者通所支援等でも親の都合で預かる、あるいは親の都合だけで決めてはいけないと言う事が言われていますしそれを防ぐと言う仕組みも無いわけではないのですね。

親の都合はあくまで親のエゴによるものと解釈される訳でして、当然ですが親が預かる必要の無いもしくは託児施設を利用しないでも立ち行くと判断した場合には、受け入れを拒否できます。
それは例えば、母子家庭や父子家庭であっても同じなのですね。

なぜ現状で、母子家庭等が除外される可能性があるかと言えば、手厚く保護されている部分があります。

これらには、共産党やいわゆる左派系リベラル等の政党や団体、時に宗教の絡む団体が尽力した結果、一部に過剰とも思える保障が発生してしまっている現状もあります。
その為、育児施設や託児施設を借りると言う状態の中で例えば支給金額が満額であれば断る事も起こるのですね。

なぜならば、満額もらっている状態であれば子育てを終えるまでは仕事をしないでも大丈夫と言う計算が成り立つことになるのもありますし、現在でも様々な母子家庭手当てで働かないでも子供を成人までは見送る事が可能な状態でもあるからなのですね。

ただし、一人親家庭では満足な教育ができないと言う意見も出てきます。
この意見がでる場合には大抵は満額の補助が出ていない可能性もありますし、仕事をすることで減らされる補助や支給される金額の減額等があるのですね。
特に、父子家庭ではその傾向が強いとも言われていますが、現在では母子家庭でも同様です。

この状況がなぜ起こるかと言えば、生活保護の不正受給として話題になった事などもあるのでわかると思いますが、本来はそれらの社会保障を受けないでも大丈夫な状態なのに受けるように示唆され受けた人が多い、さらにはそれを後押しする政党や団体が多かった事によります。

よって、まともに働けそうな人ならば働く事をすすめると言うのが財源に限りのある行政の手段でしかないですが、これを権利だと言い張り取らせる事をするのが共産党関係や公明党関係で多いのだそうです。

そういうところにつながりを持つ事をできない人は苦労するだけなのか!と絶望的になる人も多いと思いますがさにあらず。
実は、行政も必要度の高いところを重点的に補助していく仕組みではあるんです。
ところが共産党や公明党といった政党をバックに圧力をかけ支持票を得る人が自分の支持者になりそうなところから順に受けさせる圧力をかける等があり、だんだんそれも難しくなったのはあるのですね。

したがって、ここでは親の都合=親のエゴにより支援を得る事が可能な人が増える事になります。

行政では先に言いましたが親の都合と家庭の事情はかなり前から分けて判断しています。
政治に関わる人はおおよそがこの辺を知っていますし、国政に知識あるいは税制に知識があればこの問題をなんとかしようとする事を考える人は増えるわけですね。
これは与党や野党、自民党や共産党や民進党や公明党、維新の会なんて言うところでも変わらずに一定量は存在していると言うのはあります。

これは忘れたらいけません。

ですが、こういった税制や社会の仕組みを真面目に考える人ほど圧力は利用しません。
それをすると社会インフラが崩壊する、機能しなくなることを理解している人が多いので、現場に足を運ぶまたは保護者団体や親の会、NPOや福祉団体等の開催する講演会やセミナー等に足繁く通う事をして自分達の土俵すなわち議会で解決するようにする事をしようとします。

そういう場合、結果は出るのが遅いのです。
そして、即物的にと言うか見た目に優しい言葉や行為をする事で票を得ようとする怠け者が圧力などを利用して社会インフラや行政のサービスを「親の都合による利用」を求める人に与えてしまうのですね。

これが数十年前の状況で今も連綿と続いていると言う問題の一つでもある、とはいえます。

これではいくら財源があっても足りないわけで、それにより消費税なんて物を実施させる口実を与えたと言っても良いのです。
消費税は、福祉目的税と言って導入しましたから福祉に使われないといけないのですがなかなかそれすら間に合わない現状なのですね。

このような状態で家庭の事情で預けたい、支援を受けたいという人がどうなるか?
単純に拒否されるだけです。
また、家庭の事情でどうしても必要なサービスを受ける為に役所等に行っても受け入れて守らない事も多いのです。
と、同時に共産党や公明党等の社会弱者に優しいとの評価を受けているところでも拒否されることも多いのですね。

理由には、それを受ける事で利用者側が不利益を被るからお断りすると言う良心的な場合もありますが、多くには支援を受ける事になったら○○先生に投票しろと言う事を言って来たり、自民党の関係には会うなと脅したりする木っ端の議員や、そうでなくとも支持団体が言ってくるむしろ支持団体の方が言ってくる、脅してくる事が多かったりする事から、利用ができなくなることも多いのだとか。

実際、過去に共産党の議員の人と話をした時にも言っていましたが関係を強めると外郭の集団がうるさくなることあるから自分とは距離を取った方が良いよ、と助言してくれた方もいました。
NPO関係の講演会に招くかどうかで話していたらの事なので少なからず有る事例なのだと言う事なのですね。

ところがこの様な親の都合預かりつまり親のエゴやわがままを融通する事になった結果、本当に家庭の事情や親のどうしても都合のつかない事情で預ける人達が、苦労することになりました。
それらの批判が出始めた時、では何が起こったのか。

共産党もですが公明党も下の方に行けば行くほど、家庭の事情を理由に子供の育児を放棄することは許されないと言う風潮を広める姿勢が増えてしまったんですね。
これは党本体の意向とは別のようでして、上の方では家庭の事情も鑑みてなんて話しはでていました。
しかし、問題行動を起こした下っ端団体や議員が居るところではこれらのモンダイを隠すために、家庭の事情を理由にするのは悪!みたいにしていたのありました。

と、同時に。
マスコミも親の都合で預ける、あるいはサービスを受けることを否定的に取る様なのはおかしいとでも言う姿勢でした。
ですが、本当に必要なのは家庭の事情で預ける、あるいはサービスを受けると言う事なのですね。

現在、それらの事が大昔に有ったせいで家庭の事情で預ける、サービスを受けると言う事が正当である、と言う事が広まらず、親が親の権利がと言う事で受けよう預けさせようと言う事が広まってしまっています。
家庭の事情という言葉が表舞台からほぼ駆逐されていっている結果、ネグレクトを起こす事を良しとするようなサポートをさせようとする団体や実力の無い議員が増えたのも事実なのです。

さて、自民党等ではそういう圧力をかける事はなかったのか?
と疑問を持つ人も居ると思いますが、実は無いと言っても過言ではないのですね。
狙う支持層が違うからですが、それもこの問題をここまで大きくした理由でもあるのですね。


次回「必要な人がサービスを受けられない」編


  

2018.01.25 Thursday

ネットは基本的にオープンな場所なんだがな

JUGEMテーマ:日記・一般



それは実は、SNSでも同様でSNSは通常のネット活動と違って他者とのつながりが
丸わかりになる訳でして、発言は通常のネット掲示板やブログのそれ以上に実は
気を使わないと行けない場合も多いんですね。

で、仲間内だけで伝わるようにしてれば良いけど、それがオープンになってしまう。
SNSとて所詮は、インターネットよ。
どこにどう流れるかはまさに不明の世の中で、たとえソーシャルネットワークだから!
と言っても完全クローズドじゃねーんですね。

そして、他者のつながりがある。

Twitterなんてブロックすりゃあいい、と思ってる人もいるわけですがそれなら
炎上騒ぎや未だにネタにされるクイズ王なんて存在し得ない訳でしてそれが居る
ということはどこも完全にクローズな状態ではないのですよね。

で、それを考えずに色々やってしまうのが大体いまの政治家、それも野党に多数
なんて感じでしょうか。

ついでにいうと、そういう文章が嫌だと思う人も居るような文章を書いてしまうのは
後々マイナスになりますぜ?
な文章も目立つ。

それこそブログならええですがSNS系は繋がってる人のTLに出てしまうのですよね。
感情論を一般論的に書くのは手法としてありなんだけれど、それが繋がっている人も
同意している、認めているとみられるとまずい場合もあるんですな。

この辺、難しいのがネットの世界てなもんだと思う次第です。


  

2018.01.20 Saturday

抵抗は無意味だ



テレビ局の凋落ってのは、一度始まると停まらない訳でしてこれを停めるにはテレビ局側の
大改革が無いと駄目なんですよね。

フジテレビの視聴率爆死に『芸人が”全力で支える”と宣言して』視聴者の失笑を買う。無意味だ!との批判が殺到

カンニングの竹山さんは別に嫌いじゃないんですが、この件で言えば無意味だって事になります。
テレビ局側、つまり経営サイドが現実を見る気がなくさらに制作局がそれに対抗する手段を講じる
なんて事ができてない時点で、芸人風情がテレビ局を支えるなんて事は不可能。

事実、竹山さんのこの番組だってAbema TVと言うネットの放送局なんですよね。

何某かの大博打をしつつ経営を立て直し、制作の手法を変えていくなんてしないと駄目でしょうし
何を橡狂ったか、制作に必要な制作部なんかを解散したり制作子会社を手放したり。
フジテレビの問題は、制作するスキルを自ら手放した事によるってなもんだと思うのですよね。

で、結果頼ったのが韓流なんですがそれだってどんだけ周回遅れで参加してんだよ、でしたし。
だからつまらないもの(韓国基準でも)なものが多く、つまらないと普通に評価したら差別だの
偏見だのさらにはセンスが悪いだのと、視聴者を罵る方向に動いたんですもの。

結果、いやなら見るなでしょう?

そりゃ観ませんよ。
別に義務じゃないし。
観なくても他に面白いのあるし。

加えて決定的なのが震災の直後でも韓国のグループがー、とかやりだしてた事。
震災前にも口蹄疫だのなんだのあるのにそのニュースを流さず、韓流アイドルがーとかやってたら
見る必要性がなくなっちゃいますからね。

その辺の、運営の失敗を回復できる人が出てこなければ何をしようと無意味、と言う現実を
竹山さんも認めないといけないと思います。
実際に視聴率が下がっているのならばそれを認め、問題を提起し改善を求めるまたは改善するような
ネタを提供する、てな事でないとなんもできません。

  

2018.01.07 Sunday

ほんと、趣味がどんどん仕事になるなぁ

JUGEMテーマ:車/バイク



模型つうかプラモ作りなんかも仕事化しつつあったりしてさらに趣味を増やさないと
と思っていたら、とうとうバイクや車まで趣味と仕事のダブルトラックに!!



峠工房MOTORLABとして、色々手を染めてしまったのがいけないわけですがカートの
体験走行やこういうメンテナンス体験等など、いろいろと趣味の世界が現実に漏出、
さらに参加者を増やしつつ増殖中てなところでしょうかw

加えて言うと発達障害の子も健常の子も参加しているわけですからねえ。

この辺のノウハウってのは、結構わっちら豊富だったりする次第なのですよね。

まあ、困ったもんだw


  

2017.12.20 Wednesday

魔女の呪いは続いている

JUGEMテーマ:漫画/アニメ



ブレア・ウィッチ・プロジェクトって映画をご存知の方々も多いと思います。
90年代終盤に公開された映画で、ブレアの森の魔女伝説を追う学生達が残したビデオの解析を
そのまま公開した、と言う建前の今でいう「モキュメンタリー映画」ってヤツですね。

後にパート2も作られましたが、多くの派生作品を生みだし映像表現、とりわけCGが発展する
と言う中で映像のブレや意図的な焦点(フォーカス)外し等を使う技法が発展しました。

まあ、その辺は良いのですが問題はこの時期に日本でもおおくのコンテンツメイカーが
製作委員会方式を導入してコンテンツホルダーとなっていった事にありまして。

おおくのメーカーが、ホルダーになったと言うことからそれこそ京都アニメーションの進化、
みたいな展開や、映画製作が容易になったなどがありますが、昨日のエントリでも述べた様に
海外の製作委員会方式の金儲けの部分だけを真似た、模倣しただけの委員会方式だったのは
やはり否めない訳でして、出資して大きな利益を得るって流れからだんだん変化する事になり
問題が出始めているのですよね。

それの大きな要因となるのが、このブレア・ウィッチ・プロジェクト。

総予算300万円で製作されたとされるこの映画は、それまでなかった物だった事から
大ヒットして莫大な利益を算出した訳ですね。

ここを勘違いした人が、映画会社やテレビ局、芸能事務所や諸々メジャーな会社の
役員や幹部級、部長や専務と言った人達に増えていったわけですよ。
まあ、プロデューサーやスポンサーのお偉方と思いましょう。

問題はこの魔女の呪いに罹ったのは、電通などの広告代理店の方々も同様ってことです。

本来、電通にせよ博報堂にせよ投資とその資金の利用方法と最大の利益の得方を
分析して提示する事が大事なんですが、それに関する考えが完全に飛んじゃった!
てなもんなんですね。

幸いブレア・ウィッチ・プロジェクトの頃はそこまで酷い状態にはならなかったのは
あるにはあるんですが、時を経るに従い、景気の低迷だのなんだのがでてくるとブレアの
魔女の呪いは顕著になってくるという始末。

それまでは
「ブレア・ウィッチみたいなのじゃないと駄目なんだよ!
 これからはアレみたいにお金を賭けずに大ヒット(大儲けと同義)しなきゃだめ!
 カネを賭ければ良い物作れるなんて当たり前してたら駄目なんだよ!」
と、芸能プロのお偉いさんやテレビ局のそれなりの人などが言ったりしてただけと
言っても良いのですけれど、映画製作だのスポンサーになるところだのも言い出す人が
出てきて結果、電通なども同様の呪いに染まった訳ですね。

で、そうなると出資するパターンの低予算化対策に製作委員会方式は多用されます。
その多用された結果、少ない出資で大きなリターンを売りにしてしまったといえる、
本末転倒な部分になるんですね。

なのですが、ブレア・ウィッチ・プロジェクトなんかは実は低予算をカバーする為に
まずブレアの森の都市伝説とそれを調べるサイトを作り、行方不明になった学生の
テープが発見されたという形で盛り上げていくんですね。

かなり深く凝ったつくりにしたので、実際の伝説と勘違いする人もでたりしたそうですが
それらの手間と時間をかけて、ヒットに導いた訳です。

それはカネを賭けないが、時間と手間隙を懸けた結果のヒットだったという事を
偉い人も電通も博報堂もなんもかんもが無視して低予算で大ヒットの部分しか見ない
と言う事で、日本のコンテンツ製作者達の予算を逼迫させる結果になった、てなもん。

こういう流れの中でそこを改善せず(とりあえず周るから)と言う事で本来は
コンテンツクリエイターたる会社まで金の管理だけになってしまった訳でして、
そうなると今度はコンテンツを維持する、寿命をもった作品を作り続けるという
本気でやらないといけない部分が台無しになってくるんですね。

結果、フジテレビが過去のドラマをリメイクして駄目にしたような、あるいは
低予算の製作委員会方式でなんとかなるだろうという事で映画を作ったりして
定評価と言う事が数多く起こるんですね。

実際、ブレア・ウィッチ・プロジェクトはパート2で普通にホラー映画をして
あまりヒットしなかったなんてありますが、1作目ではサントラを出すなどの
かなりな冒険してたりします。

低予算で冒険しない、と言う風にシフトしたのは実は日本のテレビ局や広告代理店、
あるいはスポンサーとなる企業の広告部門等などでそれが日本のコンテンツ特に、
映画分野を破壊したってのはいえると思います。

ゲームやアニメ、漫画などはそれでもまだまだ生き残るだけの余力がありましたし
元々低賃金カルテルの最右翼ですからね。
それがダメージを受ける様になるのは、今回のけものフレンズ騒動が発生するまで
表立っての問題は無かったという事にはなるんですが、実はその片鱗。
艦隊これくしょんのアニメの段階で見えてきているってことだったりするんですね。

それは、実際にクリエイトするアーティストではない出資だけの製作委員会が
利益の分配や利益を出すのを目先の事だけで考える事から発生する訳ですが、
この結果、艦これのアニメは撃沈し、本体であるゲームも大破炎上中、てなことに
なったといえるのはあったりする訳ですね。