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2018.01.29 Monday

実のところ、杉田発言って現在起こっている問題を指摘している 4 感動押し売りが原因です編

JUGEMテーマ:健康



モンスターペアレントや、それを後押しする善意の第三者という悪人の増加のよって、本来は受けられるサービスを受けられなくなった人、世間の圧力で受け入れてもらえなくなった本当に家庭の事情のある人なんてのが増えていく背景には、テレビの感動の押し売り、なんてものが有ったりしたりするのも考慮しなければいけません。

何しろ、この感動の押し売りは感動したドラマやアニメやドキュメンタリーや映画と言うのが簡単に視聴数を稼げると勘違いしたテレビ経営陣上層部の問題なんかがでかかったりするんですね。

それを過去30年位前は「お涙頂戴物」なんて言ってかなり低く見ていましたが、現在は大衆は安易な感動を求めているとか泣ける自分に寄っているなんて事でお涙頂戴物が「感動ポルノ」と揶揄される程になってしまいました。

勿論、過去からそういう物が無い訳ではなく、一部には日本人は悲劇が好きでそういう話しがあちらこちらにあったから、と言う事を言う人もいますが、現実には存在しない悲劇だから非日常として楽しんだと言う方が正しいと言う説も有ることからどうとも言えませんが、実は洋の東西を問わずに悲劇は結構好まれます。
ハッピーエンドでないといけないと言う主義のハリウッド子も向けシアターになると悲劇はぐんと減りますが、子供にもちゃんとしたドラマを見せようとすると、結構ヒーロー物でも悲劇な最後を迎えるエピソードが無いわけではないです。
つまり、リアルにやった結果の悲劇や涙を誘う物なんてのは正統派のドラマの一つであるって事なのですね。

なので、私が幼少期だった40年以上前には「みなし子ハッチ」ですとか言って普通にありました。
現在は「みつばちハッチ」なんて言われてますが僕の子供の頃は「みなし子」だったんですな。

最後にハッピーエンドを迎えるにせよしないにせよこういう話しが私の幼少期に多かった様に感じるのは時代背景もあります。
第二次世界大戦が集結したのが1945年。
戦災孤児や傷痍軍人やそれこそ米兵のレイプによる混血児問題や米兵との子供の問題がまだまだ色濃く残る時代の創作物はそういう現実を反映していました。
サイボーグ009もそうだったりします。
まあ、私の幼少期は戦後からわずか25年余り。
まだまだそういう事が多く、またそれらの幼少期を経た結果の犯罪などもありましたし、予期せぬ不幸での片親、もしくは孤児となる事件も多かったです。

1980年台でもまだまだ35年程度。
其の頃の子供が大人になって子供を作るつまり家庭を作る時代ですがそれでも不幸の連鎖って起こる時代でした。
これは過去の影響で現在に悪影響がでるてな話しですが、一応は実証されてもいます。
また、バブルがあったりすれど、貧困によるまたは片親化による餓死等の事件は中々収まらない時代でもありました。

これをなんとか改善したのは一応、時の政権ですから自民党政権だったりしますがそれを認める人はまあ、少ないです。
認めないといけない部分ではあるのですが、それを認めずまだまだ世の中は不幸だとばかりに悲劇を押し売りし始めるのが1980年台後半からだったりします。
有名なところでは1杯のかけそばじゃないでしょうか?
バブル期の中で母親が子供をつれて1杯のかけそばを分け合って数度目の年末に家族分頼むと言う結末ですね。
実際に、この80年台後半から90年台中盤にかけて片親に成ってしまう事例は解決できたわけじゃないのでそういう事は起こりますが、実話かの様にメディアが広め飽食日本許すまじ!な声を作ろうとしたかのような動きがないわけではないです。
後に、創作だと言う話しがでてきましたが、それでも金持ち=悪人と憎悪を滾らせる中流階級の善意の第三者と言う悪人が多く発生すると言うか作り出された時代でもあるんですね。

この時期の片親になってしまう子供の多くは交通事故の遺児が多かったりします。
あしなが育英会がそういう子達の救済にあたっていましたから、改善されていって今は目立たないと思います。

思いますが交通戦争の名の下にマスコミが悲劇性を強調していたのも事実。
必要以上に不幸な子どもたちと言う事で同情の目を向けさせると同時に、親の離婚で片親と成った子達の親を蔑む風潮を作り出したのもこの80年台初頭からと言っても過言ではないのですね。

勿論、それ以前から片親になる理由に離婚はありましたし大体が親の都合というか悪事に結果と言うのが多いと言う事もありました。
出稼ぎで出かけて都会に女を作って離婚だとか。
何を勘違いしたのか男が女を囲う事を自慢する、複数の異性との性交を自慢するよしとする等々。

一部にはヒッピー・ムーブメントを持ち上げたフリーセックスの文化を持ち込もうとしたりセックスフレンドだの愛人契約だのと言ったのをマスコミが持ち上げたのもあり、性的な乱れが離婚の理由なんて思わせることに成功したなんて言っても良いくらいの時代でした。

それらを経た結果の、離婚=親の罪なんて意識が出来上がったのも長い時代の積み重ねだったのはあります。

ただしここから変わってきます。
感動を売りにすることが同時に80年台の終わりから出ている以上、離婚する親の子は悲劇の子です。
だから可哀想な子供でみんなが助けて挙げないといけないなんて言う風潮も作り出されてきました。

また、ドラマやワイドショーや週刊誌等でも犠牲になる子、悪い親と言う印象を強く持たせる様な記事もでてくる状態でしたし、実際にそれを売りにする性的な職業関係の人もいなかった訳ではないのですね。

そして、ドラマが変質し安易な感動のために片親の子=不幸を作り出したりしたんですね。

そのイメージがあらゆるところに浸透しているのは否定できませんし、その流れで多くの片親の子は不幸と言うレッテル貼りと離婚は親の都合なのだから子供を不幸にするな、と言う言動も強くなったりしました。

感動モノとしての片親の子のドラマや現実でも悲劇を強調するネタとして、または苦労を強調するネタとして醸成されて言ったのはありますし、それで感動をしない人を人非人と否定する事もなかったわけじゃないのがあったりするんですね。

となると、感動のための感動ですので現実とはかけ離れてしまいます。
現実とは違うのに現実に起こっている悲劇かの様に広められた押し付けられた感動は子供の育成環境を社会が見守るというのを歪な形にしてしまったのは、なにあろうテレビの感動を押し売りする超お涙頂戴物の乱発による、と言っても過言ではないのですよね。


次回「奇跡の詩人問題」編

  

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