Un Ordinary Days

普通じゃない、言ってしまえば普通以下

<< August 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

2019.06.10 Monday

メディアが信頼されずネットが信頼される理由はね?

JUGEMテーマ:ニュース



メディア、マスコミが仕事しないからw

【東京・望月記者】「メディアは信頼されなくなっていると感じる。自分自身がニュースを見ておかしいと思ったことをストレートに菅さんにぶつけていく」 (動画)

報道が、ニュースみておかしいと思った事を菅さんにぶつけるって時点でおかしいんです。
望月衣塑子さんは、新聞記者ですから当然ですけれど一般人やタレントより深く調べる事ができる
と言う立ち位置にいます。
なので、ニュースのおかしいと思った事をそのまま感情任せにぶつけないでそのニュースの中で、
おかしいと思ったことの裏を取らないとダメです。

これが東野幸治がやってんなら誰も文句いいませんし、メディアの信頼が失墜する事もなかった、
なんて断言できます。
彼は一般人の代表的なもんで、ジャーナリストの立場ではないからですね。

新聞記者を名乗るイソコさんは違います。
新聞記者なのだから、そのニュースのおかしい部分を掘り下げていけるだけの立場なんです。
それがニュースでこうだった、報道でこうだったでは意味はないんですよ。
それなら新聞記者に会見させる必要はないです。
一般人とTwitter会談すればいいだけなんですね。

その違いが理解できてないと思いますし、新聞記者なんてタダの割の良い仕事としかみてない
と思われてもしかたないんですね。

なので、どちらかと言えばネットでオピニオンな感じでみるし、ネットジャーナリストは
自分の信用が落ちたら金になりませんから、仕事する訳ですよ。

また、フリーランスも本来はそうですね。
池上彰さんはもう自分で調べる事をしなくなった様なので、信用が失墜したじゃないですか?
そういったメジャーなメディアサイドの問題を自覚しない限りはメディアの信頼なんて復活は
する訳ないのですよ。

で、これは望月衣塑子さんに限らず、また東京新聞に限らず多くの新聞記者や報道を名乗る、
メインストリームのメディアの方々全般の問題ですよね。

第一報がネットだったらネットで噂がー!となりますし、ニュースならニュースで言ってた!
結局一報の不安定なものを事実として確定したかの様に報道するから結果フェイクニュースになり
デマとなる訳です。

でも、ネットはデマだらけー!と言う事にしてんですが。


そのデマ出処掘り下げると、メインストリームのメディア様だったりします。

また、ネットのデマと言う事を言っても、それがデマと証明する術をなぜかメインのメディア様は
持ち合わせてないのか、証明できない。
また真偽の調査をしない。

楽だからデマだと言っておけみたいな風潮になってますよね。
その辺も結果としてデマではなかったなんて事になったりすると、これまたメディアの信頼は
失墜する訳ですよ。

さらに付け加えるとデマの発生源が芸能人だったりテレビ向け知識人だったりするとかだと、
突然、追求の手を停めるとかね。
そういう部分を改善しない限りは、メディアがフェイクとデマの温床と言う事になり、
ネットにどんどん信頼を奪われて行くだけだと思う次第です。


  

2019.05.18 Saturday

野党が真面目に仕事していればなw

JUGEMテーマ:日記・一般



人間50年も生きていればよほどボーッと生きている人じゃない限りそれなりに社会に対して知見や
意見をもつもんですね。

中には、社会の知見や意識を持っている筈なのに自分の欲求というか妄想に負けてとんでもない事を
やらかす輩はいるもんです。

で、それはボーッとして何も考えてない訳ですよね。
自分がうまく行かないのは社会のせいだー!つう尾崎リリックスを実践して50余年みたいな。

だから悪役がいないといけない訳ですが、これにはマスコミの二元論的報道ごっこが増えてから
そういう人種が増えた感じがしないでもないですね。

わかりやすいのなら反安倍界隈でしょうか?
全ての悪の根源かのように安倍晋三を言う様な状態になって、んで騒ぎ立て自分らの信じる悪の晋三を
信じない人を安倍信者だ!とか言ってしまうような。

ここまでくるとイスラム教過激派テロリストとかわりません。
さらにそれに迎合した野党の問題がでてくる訳ですよね。

なのでここ数年はもう、安倍を倒せしか野党が言わないしそのためのスキャンダル合戦です。
そんなのワイドショーとか週刊誌に任せとけって話をやらかすだけ。
それに事実が存在しない状態でも大騒ぎして同じ事を繰り返す駄目なお笑い芸人になってる、
なんてな感じではあったりします。

さて、そうなると政治が進みません。
審議するべきネタに注力してないから審議できないのはあたりまえ。
野党サイドがまともに戦う術を放棄してるのでいざ審議となると審議拒否と言うサボりですね。
嫌なことがあるから学校いかない!とイキってる駄目な小学生(の親?)のお手本を示した
と後の教科書にかかれても文句言えないレベル。

野党が審議したり問題点を論理的に突くって事をしなければいけない状態なのになんでかしらんが
騒いで関係ない話で国会の時間と国民の税金を浪費してしまうんですよね。

決議案だの対案だの、自分等が思う法案だのを出す事が野党でもできるのにしない上に、
最終的にはパフォーマンスとサボりです。

こういう状況では、政治や社会がまともに動く、まともに機能する訳もなく安倍の所為!!にする
方々が安倍を悪人に!としようとしても雑魚すぎる野党がいるんじゃ安倍は普通だというのが、
大衆に認識されるだけ。

結果、困るのは野党のサボりや税金泥棒っぷりで色々と問題にぶつかる庶民、と言う話になるだけ
なのですよねえ。


野党が次の国政選挙に向けて(同日選挙説もw)ちゃんとやって盛り返すにも時間はもうないですし
次の選挙で野党消滅となっても、もう誰も驚かない状態なんだけど、野党とその支持者である
反安倍サイドはまだそれを理解してない感じですよね。


仲間内での足の引っ張りあいに必死だしw


  

2019.03.06 Wednesday

NPOの乗っ取りとか

JUGEMテーマ:日記・一般



社会福祉法人の乗っ取りとか、結構前から話題になっているのですけれども原因にはNPOや社福等に関する法律を、ザル化してしまった面があったりします。

この辺は法務局などでも話を聞きますが、某コンクリでお馴染みのKTさんなんかが絡んでいるとか。
本人、ボランティアの第一人者、福祉や福祉団体の第一人者を自認して大臣やったなんて話もあり、
その時に、コロコロと変えてザル化なんて話ですね。

彼の人の考えでは、ピースボートが理想だったとか。
全体を知らずにピースボートだけを雛形にした結果、役割の違うNPOや福祉団体や社福等などがかなり
いい加減な管理になってしまった、なんていう。

そうなると乗っ取りもしやすくなり、特にNPOなんてのは法人代表格が理事長だけになったりしまして
変遷が見えない形になってしまったり。
そうなると、理事の過半数を味方で揃えて、定款を変えたり理事長に収まったりして組織を乗っ取る、
なんていうのは楽にできるんですよね。

そのためには二番手を一番手にしておく必要がある。
で、その人を悪者に仕立て上げて引きずり下ろしその功績名目で長に収まる(洒落かw)なんてのが
結構ありましたりするそうな。

実際、それと思しきを目の当たりにしたりしますし、彼の人と過去同じ政党って事を考えるとやはり
その方法を伝授されてるのでは?てな感じですね。

もっともその政党。
同じ様な手法で新党を乗っ取ったりしてますけれどねw

そういう手法が有効って言う、いわゆる背乗り的な事を常時行ってると感覚が鈍るのかあるいは
そういう面でもともと欲があったのか知らんけど、野党界隈には与党に比べてそういった事に対し
手を貸す輩が多い感じがいたします次第です。


  

2018.12.31 Monday

左道を征く者ほど

JUGEMテーマ:日記・一般



王道、正道を主張するようで。
※左道=邪道、非正道の意味で使われるそうな。

さて、自身は正々堂々としていると言う癖に、実は支援したり協力したりしてくれる人に対して
まるで何も答えずのらりくらりとする人がおるわけで。
さらに言うと、すでに議員でもないのに議員かの様に誤解させる言動をとってたとかw

まあ、野党系です。
非自民系の政治家あるいは政治活動家です。
正々堂々が口癖なんだそうですが、それらしい事がされず支援者は離れてそれもかなり有力な支援者ほど
離れていったとか。

政治家であるなら、そういう人達には不義理しちゃだめですね。

んで、野党や非自民系の人達は何故か、金にこだわりが強いようです。
金になるほうに、それも最終的におおきな利益ではなく眼の前の小さな利益(その場ではでかく見える)
なんてのになびく人が多い様ですね。
自民党だとよりおおきな利益すなわち利権に目を向ける傾向が強いなんて噂も聞いたりします。

それで野党系、非自民系の人達がなんでそんな目の前の小さな利益で動くのかっていいますと、
金に目がくらんでいるからと言うのがあるとか。
たとえ高邁な理想をもって政治家になっても、それまでと違って桁の違う額の金を扱える。
地方議員でも結構な額を使える様ですし、国会議員となればそれもまた桁が違う、とか。

結果、理想より金になるとか。
まあ、金の暗黒面と言うか政治の暗黒面に堕ちる訳ですよ。

これは教育や福祉なんかに力強く接して政治家になっても同様で、教育や福祉の利権に目がくらみ
政治の暗黒面にw

反面、最初からカネ目当てだと金を得るためには仕事しないとあかんな、と言う事で真面目に政治家になり
政治の暗黒面に引き寄せられないで済むとかなんとかw


まあ、必ずしもそうではないでしょうけれど、多くの野党政治家が信頼を失墜させてる様を見ますとね、
やはり政治の暗黒面に堕ちてるから人に信頼されなくなってるのではないか?
と言う事を、支持者や支援者は指摘しないと行けないのではないですかね?
と言う感じです。


  

2018.10.15 Monday

現在、発達障害の子の受験勉強にお付き合いしてんだが……。

JUGEMテーマ:学問・学校



発達障害てーと、支援級に入る事になるしか無いような状況があちこちの学校と言うか
地域で発生している事なんですけれどね。
その選抜、と言うか選別は障害アリでIQだの勉強できる能力だのなんだのは無視してる
と言っても過言じゃない。

勿論、そういう多数の平均化で事を決めるってのは仕方ない。
仕方ないけれども、個別支援と言うのに個別支援ができないのは学校と言う組織に
身を置く人ならば痛いほど身にしみているとは思うんだ。

だから、個別支援事業ですとか児童発達支援ですとか放課後等デイサービスなどが
存在する事になるんだけれど、しかしそれを行う事業者ってのが金を投資する事が可能
と言う金儲けができる会社かあるいは、金を集めて来て金儲けをした詐欺してきな人が
やらかした事が多いのであって、今はそれも学校システムの救援とはなりえないのが
現実と言うのがあるんですよね。

で、そういう最初の資金が足りない真面目にやって来た所ってのは当然だけれど
今になってあちこちの保護者や学校関係者(勿論先生を含む)からの希望や要望、
さらにはお声掛けを受けて参入と言うところも多いのは事実なんですね。

では、それがなぜ出来なかったかと言うと、政権交代がまあ問題ですよね。
あの時に、例えば辻元さんは自分はNPOや福祉のオーソリティヅラして自分だけに正しい
と言う方式で、パターンが複雑にいっぱいあるのにそれを無視した行政行動をして
余計悪化させたんだ、てのは否定できない事実です。

しかも、当初は志があったであろう政治家や役人ですらその毒気に当てられて
福祉の暗黒面に堕ちたって事は言えるのですよね。

行政の支援などにはお金があるし、当然のことながら法の範疇で動くと行政から
お金がでるので、それにより楽な方向に動くのはあります。
その結果、療育や教育、子供の成長なんて事をまったく無視して何も出来ない様にして
金を得る方向が楽だからそちらに落っこちるってなモンなんですよね。

まあ、そうなると教育の現場を混乱させるし、楽な方向に堕ちた業者や施設運営者が
学校の先生が努力してもそれを潰す事をする事もあります。
その上で言うと、先生や教師と言うか学校を敵視する形になり金が入る方向に行く為に
保護者の意識だって歪めてしまうのですよね。

そういう問題が今、話題のモンスターペアレントを生み出すのがあるし障害者などの問題で
教師だけではなく役所の職員や、真面目にやっている施設の指導員などを苦しめる事になる
なんてのが発生しているのは否定できない現実ですから、それも改善しないといけない。

もし、社会を変えようとするならマスコミで話題のしばき某だの香山某さんだのなんだのと
と言った、単なる個人の好き嫌いで騒ぎを起こす人ではなくちゃんと行動する人を支援し、
右派だ左派ではなく考えを観て、行動を知って応援するてのをしないとダメだろうなぁ、と
思うことが多い今日このごろですよ、てな状況。

  

2018.02.12 Monday

実のところ、杉田発言って現在起こっている問題を指摘している 10 そして待機児童は待機保護者になった編

JUGEMテーマ:日記・一般



待機児童ってのが恐らく本来の意味で使われていた或いは、利用されていた言葉だった時代には、保育園や幼稚園等の施設や託児施設が優先的に使える様に普通に審査されていたりしましたが、待機児童を政権(自民党)を蹴落とす道具に利用しだした頃から主に待機児童=特に急いで子供を預ける必要の無い親の錦の御旗として利用されるようになったのは非常に悲しむべきことで、これを推し進めたマスコミや野党の責任と言うのは本当はもっと追求されないといけないような事なのですね。
 
もっと言うなら森友だの加計だのを叩くよりも必要なことだったりする事といえます。
 
そもそも待機児童、すなわち保育施設や託児サービスを受けられず親が苦労する経済的に困窮すると言う自体が目立ってきたのはリーマンショック等の世界的に不況が加速して経済や社会の状況が悪化の一途を辿っていた頃になります。
それ以前は、バブル崩壊からの失われた10年だのなんだのと言っても民間の努力等を含めてギリギリで乗り切れるあるいはなんとか余裕をもって乗り切れる状態ではありました。
 
言い換えれば普通のサラリーマンならば、託児システムが無くてもなんとかなる、と言う感じですね。
勿論、共働きによる収入の増加を狙う場合には必要に応じて利用できるというのが売りでもありますが、しかしこれが駄目になっていくのは後継者の不足た土地(地代、賃料)等の高騰等様々な要因が重なり、施設を維持できないなんて問題もありました。
 
後継者不足は、幼稚園や保育園を行うに際しての資格の不足や経験等の問題もあります。
当然この中には、法の急な改正等で資格を失うなんて事もあったりはします。
また、土地の問題から発生する無認可保育施設や無認可幼稚園、もしくは行政の指定する内容では十分な目的を果たせない事からの、無認可での営業を行う保育園や幼稚園等が不適切、不適法な運営の無認可施設等の度重なる問題などで撤退を余儀なくされた、何ていうのもあります。
 
無認可施設と言う事で、一部の煩方が子供を虐待しているに違いないと騒ぎ立てて営業を停止せざるを得なくなったところもあるとか。
これらに対して保護者が声を上げても、市民運動を行ういわゆるプロ市民相手ではその声をかき消されてしまい、十把一絡げに無認可施設=悪の図式を作り上げて市民運動と言うかっこいい自分に酔う人達が仕組みを破壊する等があります。
 
これは医療の方面でもまた介護の方面でも同様で、問題を起こすところがあれば全てそうだとばかりに叩き、適切、適法にやってるところまで批判の的にしてしまう事によるなり手不足や、給与の低賃金固定なんて問題も産んでいるのですよね。
 
医療関係、医者や看護婦ならば給料が高いだろう!と言う意見モデルでしょおうが、給与に見合ったリスクマネジメントを社会や会社(病院)や行政が行えるかというとそれは非常に不安を押さえきれない状況です。
 
これらが託児や育児、保育や児童一時預かりの仕組みを壊したともいえるのですよね。
 
特に第一次安倍内閣の時期には安倍政権を追い落とすと言う事がマスコミも野党も絶対の真理になりますからメディア総出で教育や子育ての問題を大問題としてあつかいましたが、それをやった結果何が起こったかと言えば、保育施設や託児施設、幼稚園を作るに作れない状態を加速させただけ、と言っても過言ではない状態でした。
 
そして、政権交代なんて事をした結果なにが起こったかといえば、経済や社会の情勢を考えない僕らの考えた最強の社会!を実践して大失敗って事なのですね。
 
勿論、鳩山内閣のやったことを全否定する訳でもありませんがそのほとんどが常に日本経済が右肩上がりで絶対に不況に成らず、企業もしっかり支援されてこそ、の体制です。
税金が潤沢に入ってくる環境でなければ成り立たないのですね。
 
これにより、税金すなわち財源の不足等が起こり増税論がでて、とまあなるわけですが、増税されるとなれば当然企業は生き残り策を講じます。
景気が悪化した状態であるならば、当然リストラなんてのもありますし、増税しないですまそうとした時期でも不況を煽り、本来ならば問題でもない派遣切りを大問題かのようにあつかい、正規雇用を圧迫したマスコミと野党の勢力は悪化させることはあれど改善できず、せっかくの政権交代をやはり自民党でないと駄目だに変えただけなのですね。
 
そして安倍政権が復活する訳なのですが、民主党政権時代に悪化した景気や雇用の情勢等は同時に親が働かなければやっていけないと言う状況を産んでいます。
ところが、生活保護や社会保障等はバンバン金をバラ蒔くとしたと言う状態(結果論かも知れないが)の民主党内閣三代の影響で、子育てする自分は偉いのだ!みたいな意識を育てる事に貢献していたのですね。
これにより、本来は優遇されるはずの母子家庭や父子家庭が厳しい目に会い始めますし、家庭の事情つまり母子家庭や父子家庭、介護の問題を抱えていても働けるなら働け状態で、声のでかい親の都合で預けたいだけの人達が優先的に利用するなんて事態にもなりました。
 
結果、モンスターペアレントの数の増加、また子育て世帯様とでも言うべきモンスターに成長した夫婦達の所為で近隣からの苦情を押さえきれずに移転や廃園等も増えたなんて話も聞き及びました。
さらに老人を増長させた(というと変だがそうとしか言えない)所為で老人の権利が子供の命より優先するかのような老人様な老害も増えたのはあるんですね。
 
再び自民党になってから、総務省やらなにやらが改善しようと必死のようですが、子育て環境のみならず教育や保育、療育等の分野でも破壊された環境は一朝一夕には治りません。
かくて、待機児童は預けたい親の都合により待機保護者の声だけがでかくなると言う問題をかかえ、同時にそれは待機児童という言葉を使うことで、反論を許さない、子育てをまず自分達でやるという責任を放棄することを肯定するような事態になってしまったのですね。
 
つまり、2012年以降の日本の子育て環境はこの自分達親の自由(というか無責任な放蕩)を維持する為に託児や保育等のサービスを濫用しようとしたモンスターペアレント達の免罪符とでも言うべき存在としての言葉「待機児童」となったのですが、現在モンスターペアレントを行政が使うことは憚られることが多いです。
 
これも、市民活動家等が騒いだ結果とも言えますがモンスターペアレントと言う言葉が子育て世代への風評になる、と言う事を言い、使うと叩かれることも遭ったりした、なんてのが背景にあるのですね。
 


次回「ちゃんとした子育て環境を作ろう」


  

続きを読む >>
2018.02.07 Wednesday

実のところ、杉田発言って現在起こっている問題を指摘している 9 横浜市(林市長)の罪を数えろ!編

JUGEMテーマ:日記・一般



そもそも待機児童という言葉の知名度を上げたのは横浜市です。
横浜市の、市長選挙において林文子候補が待機児童ゼロを謳っって立候補し、なおかつ民主党が大きくバックアップした結果、誕生したのが林市政であり同時に待機児童ゼロと言う言葉なのですね。
 
そして、林市長は待機児童ゼロを実現をしたと言って日本中の注目を浴びたのですが実際には待機児童ゼロなんて全然実現していないのですね。
 
数字上はゼロになりました。
しかし、現実には預けたくとも預かってもらえない事情を発生させたに過ぎないのですね。
したがって、待機児童ゼロと言うのは横浜市民の目線で言えば全くの嘘です。
 
大体にして、この待機児童ゼロを宣言した理由もひどいものがあります。
例えば、行政による託児、保育の場を停止させたり。
理由は、市で管理するからとかなんとか言って、駅前に施設を作ると言う事にしておりましたが、実際に作られる事はなかった場所もあります。
さらに、民間で空いたアーケード街の店舗施設等を改装して地域の人達が市の支援金等で行っていた託児施設を閉鎖させたりなんかもあったそうで。
 
そうした事をした結果、子供を預ける場所がなく仕方なく母親が家に居ることで子供の世話をする事になったとかもあります。
この場合、両親は共働きでより良い環境に引っ越して子育てをしたい状態であってもできない等の問題が発生しました。
さらに、片親世帯を優先的にするのかと言えばそうでもなく。
結果、声のでかい或いは圧力をかけやすいマイノリティないわゆる親の都合だけで預けたい世帯の方が有利になってしまったりの問題もあるんですね。
 
加えて、子育てや保育の為の補助システムとしての認定こども園も中々認可が降りない等の問題があったりしたそうです。
 
その理由も、保育園や託児施設を利用する様に申請してきている地域じゃないからなんて事があったとか。
ところが、その地域の親が利用するにはその地域に保育園や幼稚園が無いと言う始末なのですね。
しかし、それ以外の場所の申請がないのだから待機児童ではないのだとか。
 
また困った事に、認定こども園や新たな保育園や託児所や幼稚園等を認めないでも大丈夫だと言う理由には都市部以外では、おじいちゃんおばあちゃんと同居すれば良いのだ、なんて話も出たところがあるとか。
だけど祖父母同居が必ずしも万全ではないのですね。
認知症を発症している老人と同居ならせめて昼間は子供を預けてと言う話になりますが、それすらできなくなります。
結果、介護の無理がでてきて老人介護施設等を利用する事になりますが、これらの施設は充実しています。
が、やはり収容能力の限界を超えてしまいますし、費用だってバカにならない事も多いのです。

しかし、それらの無理を市民・国民に強いた結果、待機児童は名目の数字上ではゼロになりました。
 
そして、横浜市は子育てが充実しているとばかりに宣伝し、それを聞いて引っ越してくる人も増えたのですね。
結果、待機児童が生まれます。
一時期、安倍総理は横浜のこの待機児童ゼロ実現を褒めていた時期がありましたが、実態をしって以降は何もいってないと思います。
待機児童ゼロは、目標となりましたね、たしか。
 
そして今、横浜市は待機児童ではなく保留児童と言う呼び方をしています。
理由は、保育園等の利用を保留している児童だからだそうですが、待機児童と何が違うのやら??
 
これらの問題はひとえに林市長の名誉欲やマスコミの変な煽り、さらには無駄の排除と言いつつ実際には必要なことまで排除した蓮舫さんの仕分けパフォーマンス等色々と行政や政治的なバランスの問題がありますが、それでも一番大きなトリガーを引いたのは横浜市の住人だといえるでしょうね。
 
当時、比較的現実的な路線を言っていた人や自民党の推す候補等は待機児童ゼロ等は掲げずインフラと経済の再生を謳ったかと記憶していますが、それらを選ばず耳障りの良い言葉を選んだ結果、待機児童は親さえ抑えればいない事になる様になった現実。
さらには、待機しているのは児童ではなく親であり親其々に理由があると言う事実を少なくとも社会の表面から消す事になった、と言う事では何も考えずに
「自民党にお灸を据えるんだ!」
と浮かれて投票した人達の罪、といえる事になるんですね。
 
結果、現在は待機児童はいません。
居るのは、今度は保留児童と言う事になったのですね。
 
杉田発言で待機してるのは親じゃないか!と言う事を言ったのはこの横浜での問題等も影響しているでしょうし、待機児童を保留児童と言い換える言葉遊びな誤魔化し等も影響していると言うのはあります。
 
なのですが、この10年余りで子供を預けるのは確実に親と言うか、親の自覚の無いままに親をしている大人の問題と成ってしまっているのですね。
これらの問題を作り上げた最大の功労者は林市長と横浜市かもしれませんが、その最大の原因は横浜在住の人達でたとえ当時、民主党や林市長に投票しなくても理をもって説明できなかったそれら市民も含んでのことなのですね。
それは、同じ横浜在住の私も同様の罪だ、といえる事だと思います。
 
故に、政治家が「待機児童は存在しない、待機してるのは預けたい親」と言う事を言うのを否定的には見れない状況でもあるし、過去のそれこそ20年以上前にそういうことの当事者だった人達が自分達を否定されているかの如く感じる事に対して、現状を伝えられてないなぁ、と言うもどかしさを感じる部分もありますし、単に言葉の上っ面を取り上げて叩いている人を見ると少々モヤっとするのも事実なのですね。
 
 
次回「そして待機児童は待機保護者になった」編


  

2018.02.01 Thursday

実のところ、杉田発言って現在起こっている問題を指摘している 7 モンスターペアレンツと政治と社会の問題編

JUGEMテーマ:日記・一般



実のところ、なにもモンスターペアレントは2000年代になって急に生まれた訳ではありません。
80年代の終わりから90年代にかけて生まれてきて00年代から急激に社会での勢力を伸ばしたと言うのはあります。
それは元々はクレーマーな保護者と言う認識だったかもしれませんが、段々と利用価値があるとなると利用され増長され、そして社会の必要、不必要や優先される順位等を無視して自身の要求だけを通す様になっていったのですね。
 
最初は、障害を持つ子のいる家庭から派生したクレーマーだったかもしれません。
または、介護の問題を抱えた家庭からかもしれません。
それらが複合的に同時多発なのかもしれませんが、本当の意味での意見や要求等ではなく単なるクレーマーである保護者や家族は、それでも少なくとも90年代前半までは行政が拒絶する事はできたりしました。
しかし、バブルが弾けて政権が交代してさらに景気が悪化するような事が続くと、新聞等のメディアは自民再登板ともなればそれらを利用したのは否めないと言う判断も必要なのですね。
 
実際に、共産党の一部下っ端等はこのクレーマーの言う事を鵜呑みにして行政を叩いていたところもありました。
 
しかし、マスコミがDINKS等の新しい価値観!!なんていうのを振りまいたり、親でも一人の人間!と言って責任逃れを推奨するかの様な姿勢を強めると色々と変わってきます。
 
親になったら自由がないのか、個人の楽しみはだめなのか!
なんて騒ぐクレーマーペアレントとなり後々、モンスターペアレントとして成長していきます。
いや、進化か。
 
現実に、親になったなら諦めなければいけない自由や楽しみは多く存在します。
また夫婦となった場合でもその様な例はあったりします。
例えば親になった以上、自分達が望んで作った子供です。
その子供に対する責任と義務が生まれ、それを遂行しなければいけません。
これは少なくとも2000年代までは片親であろうと両親であろうと親になったモノ、親を全うする意思を持つ人は共通して持っていて、わがまま勝手な親や大人を叱責する立場であり諭す立場を持っていた人が多数派でした。
 
しかし、社会の動きというかメディアによる誘導は親もまた人なのだから自由と楽しみが有って当然と言うようなことを行いますから、それを根拠に子供の放置や育児放棄、児童虐待等を肯定する親だった人がいないわけではないのですね。
そして、少子化を煽り子供を社会の宝として地域で子育てと言う話になりますが、しかし。
そんなの日本では過去からあって、悪いことすりゃあ怒る雷親父なんてザラにいましたし、悪い子を諭す近所のばあちゃん的存在だっていました。
 
なんですけれど、それらを社会から排除する動きを創り政治の中でそれを良しとさせて社会での子育て、地域での躾と言う概念が通用しない状態を作ったのは、なにあろうマスコミの言う事を鵜呑みにして社会のあり方を変えてしまった良識的な市民を自認する方々、といっても過言ではないのですね。
 
加えて、耳に優しい子育てや障害者福祉、障害児教育の事を言う野党や自称識者や専門家の言葉に流され本来行うべき重要な事を無視してしまったのも社会を構成し、牽引していると自認する良識的な市民や熱心な親を自称する人達と言っても良い訳です。
 
なぜそれが言えるかというと、津久井やまゆり園の事件を思い出してくださればわかると思いますが、言ってしまえばド田舎です。
辺鄙な場所で人も少なく、住宅も少なかった場所にその手の施設は追いやられるしこれはいわゆる孤児院でも同様。
それは、良識的な市民を自認する人達は社会を良くする為の努力は他者の仕事でよそが責任を持って受け入れろと言う姿勢を意図してもしなくてもやってしまった事によるのですね。
 
孤児院今は、児童養護施設なんでしょうが、これだって利便性の良いところには作れません。
社会は子供を守れとか政治は弱者を切り捨てるなと言う事を言うその人達は利便性の高い都市部や住宅地周辺には治安の悪化や安全性の不安を盾に認めない事が多く、またそれらを支持者に持つ政党や政治家はそれらの施設や人をよその辺鄙なところへ移動させるために尽力した結果、だったりするのですね。
 
したがって、良識的な市民、熱心な保護者を自称する人たちほど他者や不遇な人や子を排斥してきた差別してきたと言う問題はあったりします。
また困った事に、メディアもそういう自称良識的な市民や熱心な保護者の声しか聞かないし報道しないなんて言う状態だったりしました。
無認可保育所で事故が起これば与党のせい、政府の所為。
 
でも実際には保育所建設を反対する良識的市民の問題だと思いますし、都市部や住宅地にそれらを作らせないやらせないと、でも権利をよこせと言う人達の問題だったりするんですよね。
 
その結果、子育て、育児、保育、託児、教育、療育と言ったものは破壊され、同時にモンスターペアレントの跳梁跋扈を許す社会になってしまいました。
 
これは一重に社会の自分の権利だけを主張したい人達を容認した結果のトラブルですし、政治もちゃんと対応できない、しないさらには政治家や政党という存在が野党である場合票田確保のために多少の問題はあろうと、優遇させた結果、なのですね。
これにより、前に言いました本当にそのサービスを必要としている人が受けられず、またそういう本当に事情がある人や家庭を無視する結果になったのですね。
 
そして2007年、08年を境にモンスターペアレントと言うノイジーマイノリティが幅を利かせる様な事になったのは、与党が民主党となり大衆迎合、というか大声迎合の政治をした結果だと思いますし、利益ばかりを追求することになった自称報道機関の大手様達の所為、と言うのはあると思います。
 
もっとも、これらの問題に対して地方局、と言ってもTVKはそれらしい活動をしてたとは思えませんがその他の地方局は微力ながらも問題を提起すると言う事を多々行っていたのは事実なのでメディア=総悪人!と言う認識をもってはいけない事にもなります。
 
問題があると思ったら大手メディア、民法キー局やNHKと言ったところより地方テレビ局に言うほうがちゃんと報道してくれるかもしれません。
予算が許せばドキュメンタリーの一本でも作ってくれるのではないでしょうか?
 
と、話がずれてしまいましが、しかし08年を境に勢力というか影響力を強めたモンスターペアレントとその一団は数の総体は少ないなれど、マスコミや野党の後ろ盾を得て既存の「保育所の必要がある人」「幼稚園の利用が必要な人」「託児サービスの必要な人」等を覆い隠しあるいは、自身の利益のために駆逐し単に親のエゴと言う親の都合で預けたがる人達だけが目立ちまた、その声ばかりが表に出る事になったのです。
そして、本来必要としていた人達は、今は声を出せないあるいは地味に探すしかない状態です。
 
正直なところでいえば、保育園落ちた日本死ねなんてかける人はそれだけ余裕がある人で、託児や保育施設の利用を絶対必要とする人ではない、と言うのが現場側からの意見でしょうか。
実際、それの代弁者だった山尾しおり議員は不倫疑惑(限りなく黒い)の上、弁護士とホテルで会う時に子供を預けていたと言う話もあったりします。
 
しかし、この10年余りでモンスターペアレントやそれを擁する方々の所為で問題は多くなり同時に言えないけれど言わないといけない、と言う事態も生み出したのですね。
 
次回「言葉狩り」編

  

2018.01.31 Wednesday

実のところ、杉田発言って現在起こっている問題を指摘している 6 社会破壊集団編

JUGEMテーマ:日記・一般



前回はメディアによるファンタジーが当事者や実際にサービスを提供する人や組織、団体や行政と言ったモノの足かせとなり他罰的になったモンスターペアレントが徒党を組むと言った様な話をしましたが、それは社会破壊集団として変化していきます。
 
元々、そういったクレーマー的な利己集団等は過去からいましたしそれに対抗する手段も講じたりされました。
しかし、多くの圧力組織があり段々と、利己的なモンスターペアレントが幅を利かせてくると言う事態は進みます。
それは時に、まったく保護者ではないに親の会を名乗ったり、保護者会を乗っ取ったりと言う事等でも数を増やし、結果社会破壊集団と言う事になってしまった、なんてものもあります。
 
多くには被害者団体を装うなんてのもありますが、被害者団体に弁護しが近づき自分の信奉する勢力に取り込むなんて事もあったりはしたそうです。
 
その様な存在が過去からいてもなんとか抑えが効いていたのは、行政や政府、与党勢力や野党でも真面目な勢力がちゃんと活きていた部分があったからといえますが、バブル期以降大きく変わります。
最初に細川政権などがバブルを破壊した時期がありましたし(経済システムの不調を生む)、村山内閣では政治的社会的公共的なインフラやシステムをだいぶ崩壊させてしまいました。
 
その際に、阪神淡路大震災での自衛隊の初動の遅れ等がありましたし、救助の手が届かない、届きにくい状態を産んだなんて話もあります。
この頃から、行政ではなく市民の手で!と騒ぐ人が目立ちだします。
現在も政治家をやってるある人なんかは、被災地で自衛隊の援助を受けるなってビラを撒いたなんて話もありますしね。
 
後に自民党が連立与党と言う形でも与党に返り咲いて小泉改革等がでてくると、発達障害に関する対応策や片親の児童に対する対策や貧困家庭対策等を打ち出すには打ち出しましたが、野党はやはり反対だけの野党というのが多くスタートさせてまるで役に立たない状態に破壊されたと言う印象が強くあるものが結構あります。
その後、小泉から安倍、福田、麻生と続く中でマスコミは自民党を叩くためならなりふり構わないをより加速させてクイズや漢字テストを国会でやる野党を褒めそやし、世論を政権交代に煽ります。
 
老人たちは、自分達の年金が心配だと言う事で
「自民党にお灸」
などといって政権交代を実現させてしまいましたが、子ども手当だなんだを含めてそれは社会のシステムを一気に破壊するだけのモノだったのですね。
子ども手当は実際には財源は無く、控除や児童手当的な物を廃止するなどで財源をまかないまた外国人にまでばらまくことで、更に財政に危機を与えたわけです。
これがバブルの頃のように毎年の様に右肩上がり収入は上がる、というのなら別ですが、そうでないです。
 
リーマンショックと言われるサブプライムローンの破綻で世界的な恐慌になりかけてた時期に日本国内では反自民だけに絞っていました。
世界的に不景気である以上、非正規雇用の人は切られます。
それを派遣切りとして悪逆非道かの様にしたマスコミは社会の常識の破壊者集団と言っても良いです。
トヨタにせよ、次の仕事が決まるまで寮を使えると言っていても悪人扱いでした。
  
ただ、派遣切りをされて大騒ぎしていた人の大半がほぼ給料をまるまる使っていたのですね。
派遣である以上、正規雇用では引かれる部分がないので正規社員より多く貰っている訳ですから一時的には贅沢できますが、本来派遣はその道のプロであるから高い給料が出るわけです。
それを無視して、自分のために使うでもなくただ享楽的に使った人をマスコミは持ち上げた訳ですからこの一部の騒ぎ立てる後先考えない派遣の方々は社会の破壊集団として考えても良いのです。
  
この所為で派遣社員の価値はだだ下がりになったのですからね。
 
こういった問題に飛びついて、状況を見ないで民主党政権を誕生させ、そして民主党は社会インフラを世界情勢や経済を見ずに破壊し、子ども手当で財源を失い、社会インフラの一つである保育、育児、託児等の施設を減らす事になりました。
実際に、負担ばかりで維持できずに民主党政権時代に廃業した保育所等は結構あります。
 
その状況で、民主党政権時代に言われたのが
「子供は社会の宝なので、社会で子育てする」
と言う主旨のことです。
一見立派ですが、この言葉を錦の御旗にして自分達の自由と享楽のために子供をネグレクトする親、自分達の都合だけで子供を何処かに預けさせる為に大騒ぎする親が勢いづいただけでなく集団としての力を得たのも事実なのですね。
 
勿論、民主党政権時代以前からそういうはいましたし、集団になるクレーマー状態なのはいたのは事実です。
しかし子ども手当だの社会で子育てだのを大々的に宣言して社会が受け入れろと言ったと、政府が言ったといえる状態を作ったのは、民主党政権時代で特に鳩山内閣時代が酷かったと言うのはあります。
菅直人内閣になると財源不足からの増税論が出てきますから、それが目立たなくなりますが社会で子育て地域で子育て等の美辞麗句で政策に失敗や、考えもつかなくなった育児や子育ての社会政策の問題を国民に丸投げしてしまったのですね。
 
その後、震災があり野田内閣になり増税は必須となってしまい決定してしまいましたが、国家レベルの社会破壊集団と化した民主党と、それによってより集団としての力を増したモンスターペアレントや親の願望だけの子育てや親の都合で受け入れやすいものだけを受けいれるわがままな親を多数作り上げたのは、民主党政権と言っても良いのですね。
 
現実にはこの問題は07年から08年に顕著になり対策を練る必要がでていた時代でもありました。
もし、民主党政権があと1年でも続いていたら増税と育児、教育等の政治的な部分が完全破壊されてしまったのでは?と考える人も少なくない訳ですから、民主党政権を短命で終わらせた努力をした人達は褒められて良いでしょう。
 
この点では、もっとも話題になり社会的に民主党の政治的問題を国民・市民の問題として認識させる結果になった民主党本部前で抗議の座り込みをしていた人達は、まずは子どもたちの教育と未来を救う事をした、と言う事になると思います。
もっと評価されても良いと思いますが、なかなかどうしてマスコミは評価しません。
現在は、日本死ねだの国会前で暴力的な騒ぎをする集団を褒めそやす始末です。
 
ただ、これらのしばき隊だのSEALDSだのと名乗った集団はただ不満をぶちまけ破壊的に騒ぐだけになったのでこれもまた社会破壊集団で子どもたちには悪影響だったりしたりするのもあるんですけれどね。
 
 
次回「モンスターペアレンツと政治と社会の問題」編
 
 
  

2018.01.30 Tuesday

実のところ、杉田発言って現在起こっている問題を指摘している 5 奇跡の詩人問題編

JUGEMテーマ:日記・一般



杉田水脈発言における様々な喧々囂々って、様はメディアが作り上げてそれこそ自民党の所為のみならず、政治や社会や一般市民の責任に押し付けた様々な問題の噴出ってだけ、と言えるのですがその加速ポイントは「奇跡の詩人」てNHKスペシャルの問題ですね。

現在は、この関係のまとめサイトもだいぶ消えていますがまだ検索すれば出てきます。
わかりやすい概要は以下のページでしょうか?

奇跡の詩人(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%87%E8%B7%A1%E3%81%AE%E8%A9%A9%E4%BA%BA

佐村河内問題で再び注目集める「奇跡の詩人」 NHKの「障害者感動物語」手法に疑問の声
https://www.j-cast.com/2014/03/15199091.html?p=all

この番組では重度の障害をもつ少年を、ドーマン法と言う治療方法というか育児、コミュニケーション手段を使い天才的な詩の能力を開花させたとして両親も熱心にそれを行い、親の言葉としか思えない詩を紡ぎ出しているのです。
しかも、Nスペでは明らかに少年が寝ている状態でも親がものすごい勢いで文字版を叩いている姿や健常児の妹への虐待とも言える行動等に、批判が出ます。

また、大きな問題としてそのドーマン法が魔法の様な治療法の様に見える演出にありました。
だれもがそれをすれば、劇的に改善するかの様な演出や、無批判に賞賛する姿勢。
そしてそのNスペのあとに新作の詩集が出るという、明らかに宣伝としか言えない状況。

これで批判するなと言うのは無理な話だし、その親と信者だけの問題なら見て見ぬふりも可能ですが、実際に保護者や児童、教育、育児、療育機関には迷惑どころか被害が出ることも多い状態で今はスットコドッコイの代表みたいな有田さんもまともな批判をしていましたし、被害というか障害をもつ子の親の言葉を載せていました。
まあ、もしかしたら本人の創作なのでは?と今では疑っている人も居るにはいますが(これも被害と言えるw)

そのドーマン法ですが、創設者の方々も効果がでる子も居るが万能のものではないと後に言っていますし、実際に効果がでるタイプとそうでないタイプの障害があります。

しかし、放送後数週間は障害を持つ子の親に対して、
「NHKでやってた治療法を試しなさいよ!」
ですとか、
「あの治療法を受けさせないなんて親の愛情が足りない!」
なんて言う人の数が増えたのは事実です。

NHKスペシャルのやらせ問題発覚以前でしたし2002年です。
まだまだ自閉症はテレビを見せて育てた親の責任ですとか、発達障害に関する知識が徐々に広まった時代です。
これがまだ、日テレで関口宏がやってたような感動バラエティ番組なら流す事も可能でしたでしょう。

しかしこれまでNスペは科学的かつ論理的と言う評価を一般に受けていました。
それが感情優先の感動路線でしかも、見ている側には無批判にそれを受け入れてすべての万能魔法治療法!の様な演出では、完全にデマの流布に近いことになりましたし、他の障害を持つお子さんの居る家庭では世間の無理解によるまたは、NHKがやっていたのだから、と言う事での言われない批判がでたのですね。

よって、ネットだけではなくリアルでも奇跡の詩人批判や反証、問題提起等は行われました。

しかし、これに対してこれまた無自覚に悪意の行動を取る人達が騒いだのはあるのですね。

それがいわゆる善意の第三者、正義の一般人となる人たちです。

現実には、障害者の療育は一つの方法で完璧!とはなりえないのが多数です。
また、ドーマン法は今はどうだかしりませんが当時はコストがバカにならない程かかりました。
一般家庭では無理なのです。
それに対して、医療行為と認めれば良い!と声高に叫ぶ善意の市民が出ることもありましたが、しかしそれはミミズを煎じて飲めば熱が下がるレベルの汎用性でしかないものに法的なお墨付きは与えられません。
少なくとも、多数に効果がある少数には効果がないとならないと行政のお墨付きは詐欺に利用されるだけなのですね。

結果、少年の家庭はかなり厳しい目に遭ったしNHKは信頼をその時点で少しばかり失いました。
NHKスペシャルも、他のバラエティと変わらなく成った事から地上波離れの加速トリガーを牽いたなんて話を言う人もいないわけではないです。

ですが、極少数にしか効果がでずコストも一般的ではなくまた行政が認めるには無理の多い仕組みを手放しで褒め、他の努力している家庭や障害をもつ当事者等にいらぬ風評を与えたNHKの責任は途轍もなくでかいですし、それによって被害を受けた人達の苦労は計り知れないといえる状態ではありました。

これらの事がNHK内で無批判、無自覚のまま作られ今も反省をしたと思われていない状態が続くのは90年代初頭から始まる障害者=ピュア、天使な伝説の流布とつながるとも言える感じがします。
20世紀が終了する直前には引きこもりや自閉症の子を繊細な心を持つ天使のように崇めさせようとした事もありました。

この、当事者を放り出し親のドリームを優先するかの様な状態、親が現実を逃げ、他罰的になる事を良しとする様な風潮はその後加速していき2007年頃から、家庭の事情や子供の状況、問題を取り巻く環境を抜きにして親の主張が第一だ!と言った人達が声を大きくしていく事になって行くのですが、それは更に社会を破壊する要素がでてきて、という事になります。


次回「社会破壊集団」編