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普通じゃない、言ってしまえば普通以下

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2018.02.21 Wednesday

実のところ、杉田発言って現在起こっている問題を指摘している 12 それでも問題は指摘されないといけない

JUGEMテーマ:日記・一般



さて、とりあえずの杉田発言からのこの話も一旦はここで幕引きです。
その幕引きの内容は、問題は指摘されないといけない、って事を言わないといけないのですね。
 
この問題で、批判したり怒りを顕にしている人に結構な人数で過去にそういう子供だったあるいは子育てで過去に苦労した、と言う人がいます。
勿論それは、その人達の過去を否定されたかのような憤りと言うのはあると思いますし、どれだけの苦労があるのか!知らないだろう!!と言う怒りもあると思います。
 
当然ですが、それらの感情的な怒りは理解できない訳ではないのですがそれを今の時代での発言に対して言ってしまうのは非常に危うい行為、と言う事はあるのですね。
何故かと言えば、当然ですが過去と現在は条件が違うのです。
だから、預けたいのは親の都合であって当然の問題でありますし、待機児童ではなく待機保護者なのですね。
 
なぜ、待機保護者かと言えば、実際には預ける場所や方法、育児に関する環境は過去よりもよくなっている面はあります。
前に言いましたように、地域で子育てを援助するための認定こども園や、役所の提供する託児、保育のシステム等は結構存在していますし、可及的速やかに援助や支援、教育の補助を必要な人程、その利用が優先される環境や仕組みも整っているのは事実なのですね。
 
しかし、モンスターペアレントの問題や、子供をアクセサリー化するあるいはトロフィーの如く自分を引き立たせる、あるいは輝かせる道具として扱う人や、楽をするズルをするための免罪符として利用する(悪用する)人の増加は其の問題に気をつけている人達以外にすれば予想を超えたひどい惨事と言えなくもないのですね。
 
だからこそ、杉田水脈の待機児童はいない、待機保護者だという旨の発言や預けたいのは親の都合と言う事に対して自身の過去に照らし合わせての批判や抗議はある意味では子育て環境破壊の手助けにほかならないと言う事になるんですね。
 
では言い方を変えるべきだと言う批判もあると思いますが、すでに述べた様にモンスターペアレントやクレーマーファミリーと言うような表現はマスコミや人権派、人道主義を名乗る人達が反対勢力を叩く為に、差別を広げるだの偏見を生むなどと言って、使わせないようにしているのはありますし、実際にすでに家庭の事情で預けたい人達の権利を侵害しているくらいのモンスターペアレントを野放しにしてしまっているのは事実なのですね。
 
だからこそ、問題はちゃんと指摘しなければいけません。
 
杉田水脈の言い方が気に入らない、言葉遊びだと批判する人達は実際にこの2010年代になってからの子育て環境、育児、保育、教育の環境や状況の破壊っぷりを知らないといえると思いますし、家庭の問題と親(個人)の都合を混同させて声高に叫び立てるだけのモンスターを放置している、というかさせているいわゆる人権派の方々や女性の権利だ子供の権利だと叫び野放図にさせるだけの人達の起こす問題を、無視していると言う状態ではあるのですね。
 
なので、抗議すべきはその様な発言を誘発するモンスターペアレントやクレーマーな家族を相手にしなければいけない事実です。
確かに、傍から見れば杉田発言は子育てをするひと達の苦労を無視しているかのように思えますが、行政だ政治だのか変わる人は言葉を自由に使えないのです。
気の触れたような我儘な親、なんて事を言おうものならマスコミがこれ幸いと袋叩きにするでしょうし、それらの問題に対して言葉は悪いが現実の問題として考える必要があるなんて言おう物なら自殺にまで追い込まれかねないマスコミのショーアップされた動きをなんとかしない限り、なんとも言えないのはあるのですね。
 
だからこそ、怒りをぶつけるならば現状を見なければいけません。
何度も言いますが過去と現在は状況が違います。
過去の人達が過去の事例を基に現在の問題を指摘するひとに対して怒りをぶつければ当然その声を利用して悪用するヒトはいますし、それによって正常に動いていたあるいは動かそうとしている仕組みをぶっ壊してしまいます。
 
良い例は老人介護問題ですね。
一部の我儘な介護家族(主に自分の両親の介護をしたくない子供達)の言葉を批判したことで過去に苦労した人達がそれに怒りをぶつける事で、老人介護の為の仕組みを新たに構築しそこね、税金をばらまくような形になり、結果金儲けのために利用(悪用)されて、利用している老人の虐待や施設のいい加減な状態の所為で火災等での死亡事故等多数の問題があるのですね。
 
それらの流れの中で老人介護職は、低賃金による過重労働という問題を抱えるし施設の数は足りなくなるなどがありました。
同様に障害者福祉でも同じ様に口だけで騒ぎ、何かをやらかせば立派なことをやったと思い込むヒト達が状況を悪化させた問題があります。
そして現在は、待機児童という言葉を錦の御旗に子育てに関する仕組みをぶち壊してしまったヒト達が行政の不備を叩く訳ですからどうにもならないといえる状態ではあるのです。
 
そして言葉は狩られてマトモな物言いはできない。
杉田水脈がマトモに考えて言ったかどうかは別として、子育てや福祉、教育に携わる人達から見れば、それは普通に言うべき言葉、なのですね。
 
とは言え、その考えが100%正しいというものでもありません。
これらの問題は感情的になった世論を利用してこれまでも行われたように一部に利益や利権を流す為の動きと同じような事が起こる可能性はありますから感情的になった人を諌めるのも、福祉や教育、子育てや療育等に関わる人間がその人達を諌めないといけない現実も存在します。
 
学校の先生は、これらの言葉狩りや自由だ権利だ人権だという言葉を振り回す人に翻弄されマトモに働けない状態もありますし、保育や育児、託児等の関係者は我儘な親の横暴やリスクに振り回され疲弊させられ辞めていく現実もあるのです。
そして、子供を預ける場所がないと騒ぐ状態も生まれるのです。
 
世の中には言葉だけで言うには難しい問題がありますが、それを表面だけで受け取って実態を見ないことで起こる問題が無数に在る事は意外と賢明な人でも見落としてしまいます。
過去の経験や自分の体験したことがベースである以上、感情的になるなとも言えないのですが、しかしその感情の爆発を利用して、社会の仕組みや行政の改善等、様々な事を破壊されてきた現実を見ると、やはり冷静に事を言わない、言えない状態では事態を悪化させるだけだと言う危惧はあるのですね。
 
だからこそ問題はちゃんとその問題部分を指摘していかないといけませんし、その事の本質に迫っていかないとよりひどい状態になる、と言うのは多くの日本人が経験していると思うのです。


と、言う事で一先ずは幕と言う事で一つ。

  

2018.02.15 Thursday

実のところ、杉田発言って現在起こっている問題を指摘している 11 ちゃんとした子育て環境を作ろう編

JUGEMテーマ:日記・一般



待機児童はそもそもが、実質的には待機保護者だった。
という事実は認めないと行けないし、この10余年で完璧なまでに「待機しているのは保護者」と言う図式は出来上がっています。
 
これらには、マスコミや野党を含めて自民党を叩くためには言葉の誤用やあえて誤解させる方法での言い回しを多用した事が挙げられると共に、自民とは違う!を強調する余り社会制度の根幹を見ず表面だけを良くするために謂わば砂上の楼閣な制度にしてしまった事、なんてのも挙げられるのですね。
 
それは自民党政権でも同様の問題を起こしている人はいて、例えば小泉内閣の改革は抜本的な部分をいじってあと放置、みたいな状態になってしまってるのは結構多い状態です。
 
この小泉改革の問題は、発達障害児の育成や療育、保育等に親の負担だけを残したりしたのですが、これすれも反自民の為に動くマスコミや野党の国政の妨害の所為と言う側面も無いわけではないのですね。
 
勿論、だから自民党大正義と言うわけでもございませんが。
 
こういう、声だけでかいマイノリティの我儘利己主義者や子育てを理解せずに政局に利用する、政権打倒のためには本来もっとも制度の利用を求められる人達を無視して、怠惰な親等を持ち上げたマスコミや野党の力がもっとも社会の子育てシステム、家族としての子育て環境、地域の子育て環境等といったものの破壊を加速したのはやはり大きな問題であり罪である、と言う事になるとは思います。
 
実際のところ、第2次安倍内閣後には自民党への好き嫌いは抜きにして子育て環境や教育、療育の環境等は改善をしていますし、問題となる育児や保育、療育を謳っている施設等は立ち行かなくなったのも多いと言う現実があったりもします。
 
それに対して、子育て環境を破壊していると言う風に言うのも居るのはありますが、しかし子供の安全や育児環境の健全化を望むなら「不適切な施設」は閉鎖しなければ逆に子育てを阻害する事になるのですね。
実際、放課後の保育を行い託児を行う施設がちゃんと療育、躾をせず放置しているだけの所為で子供の多くが我儘が通る、好きなことだけをしていれば良いと言う風に思い込み、またやるべきをやらない、いざとなれば誰かやってくれるなどという困った状態を作り出している問題は、10年近く前から増えているのですから、改善しないと駄目なのです。
 
なにしろ、そういう生活に不適合となった人が大人になるとどうなるかは、引きこもり問題を見れば判るかと思います。
これもメディアが引きこもる少年・少女は繊細なガラスの心を持っているとか言う事を言って持ち上げた90年代後期の残した負の遺産です。
ガラスの心だから壊れやすい、なんて言ってたドキュメンタリー風味の番組もありましたがガラスは割れたら破片があちこちに飛び散って人を傷つけんだよ!なんて言うツッコミをブログ等でした事もあったりしました。
 
さて、ではどうしたら良いのか?
ちゃんとした子育て環境の復活はどうすれば良いのか?
感動ポルノを作る余り、社会を数十年に渡っておかしくした大手マスコミ等の責任はどうするのか?
これらを考えないといけない事になるのですね。
 
感動ポルノと呼ばれるレベルのものまで作られた結果、男女問わず片親になれば支援が受けられるからと偽装離婚するなどと言う事例もないわけじゃないです。
また、結婚したら女性の権利が阻害される!女性に自由を!と日本の現状を考えずに海外被れなだけの自称フェミニストが騒いだ結果、女性が自由恋愛の名の下に不倫に走る等もあったりもしましたし、それを助長させるような小説が乱立したのもあったりしました。
 
略奪愛なんて言って、純愛の一種のように言ってたドラマだか小説だかもありましたが、要は不貞ですから男女問わずそれらは断罪されないといけないのに女性がやるとロマンス、男性がやると不倫みたいな雰囲気を醸し出す人まで社会に目立つ事になったのは非常に問題ですし、それによって子を捨てる親と言うのも目立ったのも事実です。
 
これら様々な積み重ねによる子育て環境の破壊が、今の混乱と待機児童と言う言葉の一人歩きをしていますし、行政は言葉の使い分けをしなければいけないし、言えない言葉もでてきます。
モンスターペアレントの増加で、保育士の成りてや継続的な就労が減っているのもあります。
 
この様な情勢下での、ちゃんとした子育て環境を作る、というのにはまず何をしたら良いのか?
と言う事を考えないといけませんが、まずやるべきは言葉狩りへの批判でしょう。
 
過去に不遇な子供時代を送った人や、共働き等で託児されることが普通だった人、鍵っ子と言われた人が、現代の状況を表す子育て問題の批判に過去の自分達を当てはめて批判する事は、言葉狩り勢力にとって非常に有利です。
これを辞めさせないと、過去のマトモにそういう経験をした(と、言うのも変な言い方だが)人達の経験も現在その問題に直面している当事者には同じ様に見えてしまう現状もあります。
 
子供が居るいないの問題でも、家庭の環境の問題でもなく社会の存在する問題のある人達の問題なのだと言う意識を持ってもらわないと子育てや保育、託児、育児、療育、教育のマトモな運用を妨げる事になります。
現実に、モンスターペアレントなんて事を行政や政治家が言うと叩きやすい環境があるにはあります。
行政が、困っている親にレッテル貼りをしていると言うラベリングをそういう利己主義的なモンスターペアレントが騒げばそれに乗るメディアや野党議員はでてきます。
 
これによって被害を受けるのは、現在子育ての真っ只中にいる『家庭』ですし子育てや療育や教育に関わる人達です。
言葉を言葉として捉え其の意味とそれの意図する事を理解しての批判であれば良いですし、そうでない場合の感情論は言葉を選ぶ必要が出てきます。
ネットでの発言は、公的なものです。
世界に発信している以上、社会を変えるだけの意識をもって発言しないとならない時もあります。
 
ところがそれだけではなく、感情をも表さないといけない時もあったりします。
難しいところですがまずは声を上げる事と上げ方を選ぶ事がちゃんとした子育て環境を作る為に必要だと思うのですね。
 
そして、人の好き嫌いで判断を誤ってはいけません。
これは学校の先生や保育士、障害者福祉等に関わる人の多くにいえる事ですが、自民党だから嫌いだ!で全否定みたいな人もまだまだ多いのです。
でも実際には非自民党でどうだったか?
より苦しくなっただけと言う答えもあります。
楽になったと思っている人は、ある意味では全体主義的な右に倣え、左に倣えをやってしまっていただけかもしれません。
つまり、自分の好みと現実の正解・不正解を見て状況に対応できるようにしないといけないのですね。
 
それができない事が多いと、例えば町の頑固爺や角の怖いおばちゃんみたいな存在が通報されたり苦情を入れられたりして、子供の躾や危険回避等をできなくなることも多いです。
実際、声掛け案件は老人が注意したことだったりと言う話もありますし、危ない事をしたり他者に迷惑をかけた子を叱った爺さんがクレーム入れられて謝罪させられる、等の話もあったりします。
 
正解と不正解や正道と邪道をちゃんと見極める、と言う事をもう一度しないとちゃんとした子育て環境は作れない、と言うもっとも基本的な事の再確認が第一歩だと言う状態なのです。


次回最終回「それでも問題は指摘されないといけない」


  

2018.02.13 Tuesday

漸くマジンガーZinfinityを見れまして

JUGEMテーマ:漫画/アニメ



ネットで概ね直撃世代には好評みたいだったんで、何ていうか期待してたんですが期待以上だった。
冒頭のグレート無双からの行方不明なんて、もう東映まんがまつり世代には興奮もんですよ。

しかもオープニングってばさ!
昔のをきれいに書き直していたりとか。
そういう部分が結構ポイント高かったりします。

さらに、王道直球正当正道な展開でもうね?
おっさんはブレストファイヤーとブレストバーンが同時展開な感じです。

んで、LiSAがかわいい。
超かわいい。
おっさん、おもわず父性開放ですよ!

てな感じで結構お気に入りですし、マジンガーZやグレートマジンガーがあのデザインなのも実は、
というのが有りまして、ネイティブ世代には納得のでき。
なんか、30代になるかならないかのヲタ関係が、最後もう少し捻りがとか上映後に言ってましたが、
そんなのいらねーんだよ!

だいたいね、暗くするとか鬱展開とかそういうのを入れれば大人向けってのがおかしいの!
アメリカなんかも結構そうみたいだけれど一つそういうのが流行ると追随させたがるし、
大人向けはこう!みたいにしよるので、同じ様な暗い話が、とかあるんだよな、と。

例えば、ダークナイト症候群なんて言われてたあれらの後とかね。
日本だとエヴァ以降だったりまどマギ以降の類似展開だったり。

そういうのも有りだと思うがそれ以外でドラマを見せることができれば良いんだよ!


んで、LiSAかわいいの他に弓さやかはやっぱ最強ヒロインや!

と言う事で一つ。
フィギュアーツでインフィニティ版の兜甲児や弓さやか、LiSAとかだしてくれていいのよ?
勿論、あしゅら男爵やブロッケン伯爵もだしていいのよ!



あ、一七式もよろしく!


  

2018.02.12 Monday

実のところ、杉田発言って現在起こっている問題を指摘している 10 そして待機児童は待機保護者になった編

JUGEMテーマ:日記・一般



待機児童ってのが恐らく本来の意味で使われていた或いは、利用されていた言葉だった時代には、保育園や幼稚園等の施設や託児施設が優先的に使える様に普通に審査されていたりしましたが、待機児童を政権(自民党)を蹴落とす道具に利用しだした頃から主に待機児童=特に急いで子供を預ける必要の無い親の錦の御旗として利用されるようになったのは非常に悲しむべきことで、これを推し進めたマスコミや野党の責任と言うのは本当はもっと追求されないといけないような事なのですね。
 
もっと言うなら森友だの加計だのを叩くよりも必要なことだったりする事といえます。
 
そもそも待機児童、すなわち保育施設や託児サービスを受けられず親が苦労する経済的に困窮すると言う自体が目立ってきたのはリーマンショック等の世界的に不況が加速して経済や社会の状況が悪化の一途を辿っていた頃になります。
それ以前は、バブル崩壊からの失われた10年だのなんだのと言っても民間の努力等を含めてギリギリで乗り切れるあるいはなんとか余裕をもって乗り切れる状態ではありました。
 
言い換えれば普通のサラリーマンならば、託児システムが無くてもなんとかなる、と言う感じですね。
勿論、共働きによる収入の増加を狙う場合には必要に応じて利用できるというのが売りでもありますが、しかしこれが駄目になっていくのは後継者の不足た土地(地代、賃料)等の高騰等様々な要因が重なり、施設を維持できないなんて問題もありました。
 
後継者不足は、幼稚園や保育園を行うに際しての資格の不足や経験等の問題もあります。
当然この中には、法の急な改正等で資格を失うなんて事もあったりはします。
また、土地の問題から発生する無認可保育施設や無認可幼稚園、もしくは行政の指定する内容では十分な目的を果たせない事からの、無認可での営業を行う保育園や幼稚園等が不適切、不適法な運営の無認可施設等の度重なる問題などで撤退を余儀なくされた、何ていうのもあります。
 
無認可施設と言う事で、一部の煩方が子供を虐待しているに違いないと騒ぎ立てて営業を停止せざるを得なくなったところもあるとか。
これらに対して保護者が声を上げても、市民運動を行ういわゆるプロ市民相手ではその声をかき消されてしまい、十把一絡げに無認可施設=悪の図式を作り上げて市民運動と言うかっこいい自分に酔う人達が仕組みを破壊する等があります。
 
これは医療の方面でもまた介護の方面でも同様で、問題を起こすところがあれば全てそうだとばかりに叩き、適切、適法にやってるところまで批判の的にしてしまう事によるなり手不足や、給与の低賃金固定なんて問題も産んでいるのですよね。
 
医療関係、医者や看護婦ならば給料が高いだろう!と言う意見モデルでしょおうが、給与に見合ったリスクマネジメントを社会や会社(病院)や行政が行えるかというとそれは非常に不安を押さえきれない状況です。
 
これらが託児や育児、保育や児童一時預かりの仕組みを壊したともいえるのですよね。
 
特に第一次安倍内閣の時期には安倍政権を追い落とすと言う事がマスコミも野党も絶対の真理になりますからメディア総出で教育や子育ての問題を大問題としてあつかいましたが、それをやった結果何が起こったかと言えば、保育施設や託児施設、幼稚園を作るに作れない状態を加速させただけ、と言っても過言ではない状態でした。
 
そして、政権交代なんて事をした結果なにが起こったかといえば、経済や社会の情勢を考えない僕らの考えた最強の社会!を実践して大失敗って事なのですね。
 
勿論、鳩山内閣のやったことを全否定する訳でもありませんがそのほとんどが常に日本経済が右肩上がりで絶対に不況に成らず、企業もしっかり支援されてこそ、の体制です。
税金が潤沢に入ってくる環境でなければ成り立たないのですね。
 
これにより、税金すなわち財源の不足等が起こり増税論がでて、とまあなるわけですが、増税されるとなれば当然企業は生き残り策を講じます。
景気が悪化した状態であるならば、当然リストラなんてのもありますし、増税しないですまそうとした時期でも不況を煽り、本来ならば問題でもない派遣切りを大問題かのようにあつかい、正規雇用を圧迫したマスコミと野党の勢力は悪化させることはあれど改善できず、せっかくの政権交代をやはり自民党でないと駄目だに変えただけなのですね。
 
そして安倍政権が復活する訳なのですが、民主党政権時代に悪化した景気や雇用の情勢等は同時に親が働かなければやっていけないと言う状況を産んでいます。
ところが、生活保護や社会保障等はバンバン金をバラ蒔くとしたと言う状態(結果論かも知れないが)の民主党内閣三代の影響で、子育てする自分は偉いのだ!みたいな意識を育てる事に貢献していたのですね。
これにより、本来は優遇されるはずの母子家庭や父子家庭が厳しい目に会い始めますし、家庭の事情つまり母子家庭や父子家庭、介護の問題を抱えていても働けるなら働け状態で、声のでかい親の都合で預けたいだけの人達が優先的に利用するなんて事態にもなりました。
 
結果、モンスターペアレントの数の増加、また子育て世帯様とでも言うべきモンスターに成長した夫婦達の所為で近隣からの苦情を押さえきれずに移転や廃園等も増えたなんて話も聞き及びました。
さらに老人を増長させた(というと変だがそうとしか言えない)所為で老人の権利が子供の命より優先するかのような老人様な老害も増えたのはあるんですね。
 
再び自民党になってから、総務省やらなにやらが改善しようと必死のようですが、子育て環境のみならず教育や保育、療育等の分野でも破壊された環境は一朝一夕には治りません。
かくて、待機児童は預けたい親の都合により待機保護者の声だけがでかくなると言う問題をかかえ、同時にそれは待機児童という言葉を使うことで、反論を許さない、子育てをまず自分達でやるという責任を放棄することを肯定するような事態になってしまったのですね。
 
つまり、2012年以降の日本の子育て環境はこの自分達親の自由(というか無責任な放蕩)を維持する為に託児や保育等のサービスを濫用しようとしたモンスターペアレント達の免罪符とでも言うべき存在としての言葉「待機児童」となったのですが、現在モンスターペアレントを行政が使うことは憚られることが多いです。
 
これも、市民活動家等が騒いだ結果とも言えますがモンスターペアレントと言う言葉が子育て世代への風評になる、と言う事を言い、使うと叩かれることも遭ったりした、なんてのが背景にあるのですね。
 


次回「ちゃんとした子育て環境を作ろう」


  

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2018.02.07 Wednesday

実のところ、杉田発言って現在起こっている問題を指摘している 9 横浜市(林市長)の罪を数えろ!編

JUGEMテーマ:日記・一般



そもそも待機児童という言葉の知名度を上げたのは横浜市です。
横浜市の、市長選挙において林文子候補が待機児童ゼロを謳っって立候補し、なおかつ民主党が大きくバックアップした結果、誕生したのが林市政であり同時に待機児童ゼロと言う言葉なのですね。
 
そして、林市長は待機児童ゼロを実現をしたと言って日本中の注目を浴びたのですが実際には待機児童ゼロなんて全然実現していないのですね。
 
数字上はゼロになりました。
しかし、現実には預けたくとも預かってもらえない事情を発生させたに過ぎないのですね。
したがって、待機児童ゼロと言うのは横浜市民の目線で言えば全くの嘘です。
 
大体にして、この待機児童ゼロを宣言した理由もひどいものがあります。
例えば、行政による託児、保育の場を停止させたり。
理由は、市で管理するからとかなんとか言って、駅前に施設を作ると言う事にしておりましたが、実際に作られる事はなかった場所もあります。
さらに、民間で空いたアーケード街の店舗施設等を改装して地域の人達が市の支援金等で行っていた託児施設を閉鎖させたりなんかもあったそうで。
 
そうした事をした結果、子供を預ける場所がなく仕方なく母親が家に居ることで子供の世話をする事になったとかもあります。
この場合、両親は共働きでより良い環境に引っ越して子育てをしたい状態であってもできない等の問題が発生しました。
さらに、片親世帯を優先的にするのかと言えばそうでもなく。
結果、声のでかい或いは圧力をかけやすいマイノリティないわゆる親の都合だけで預けたい世帯の方が有利になってしまったりの問題もあるんですね。
 
加えて、子育てや保育の為の補助システムとしての認定こども園も中々認可が降りない等の問題があったりしたそうです。
 
その理由も、保育園や託児施設を利用する様に申請してきている地域じゃないからなんて事があったとか。
ところが、その地域の親が利用するにはその地域に保育園や幼稚園が無いと言う始末なのですね。
しかし、それ以外の場所の申請がないのだから待機児童ではないのだとか。
 
また困った事に、認定こども園や新たな保育園や託児所や幼稚園等を認めないでも大丈夫だと言う理由には都市部以外では、おじいちゃんおばあちゃんと同居すれば良いのだ、なんて話も出たところがあるとか。
だけど祖父母同居が必ずしも万全ではないのですね。
認知症を発症している老人と同居ならせめて昼間は子供を預けてと言う話になりますが、それすらできなくなります。
結果、介護の無理がでてきて老人介護施設等を利用する事になりますが、これらの施設は充実しています。
が、やはり収容能力の限界を超えてしまいますし、費用だってバカにならない事も多いのです。

しかし、それらの無理を市民・国民に強いた結果、待機児童は名目の数字上ではゼロになりました。
 
そして、横浜市は子育てが充実しているとばかりに宣伝し、それを聞いて引っ越してくる人も増えたのですね。
結果、待機児童が生まれます。
一時期、安倍総理は横浜のこの待機児童ゼロ実現を褒めていた時期がありましたが、実態をしって以降は何もいってないと思います。
待機児童ゼロは、目標となりましたね、たしか。
 
そして今、横浜市は待機児童ではなく保留児童と言う呼び方をしています。
理由は、保育園等の利用を保留している児童だからだそうですが、待機児童と何が違うのやら??
 
これらの問題はひとえに林市長の名誉欲やマスコミの変な煽り、さらには無駄の排除と言いつつ実際には必要なことまで排除した蓮舫さんの仕分けパフォーマンス等色々と行政や政治的なバランスの問題がありますが、それでも一番大きなトリガーを引いたのは横浜市の住人だといえるでしょうね。
 
当時、比較的現実的な路線を言っていた人や自民党の推す候補等は待機児童ゼロ等は掲げずインフラと経済の再生を謳ったかと記憶していますが、それらを選ばず耳障りの良い言葉を選んだ結果、待機児童は親さえ抑えればいない事になる様になった現実。
さらには、待機しているのは児童ではなく親であり親其々に理由があると言う事実を少なくとも社会の表面から消す事になった、と言う事では何も考えずに
「自民党にお灸を据えるんだ!」
と浮かれて投票した人達の罪、といえる事になるんですね。
 
結果、現在は待機児童はいません。
居るのは、今度は保留児童と言う事になったのですね。
 
杉田発言で待機してるのは親じゃないか!と言う事を言ったのはこの横浜での問題等も影響しているでしょうし、待機児童を保留児童と言い換える言葉遊びな誤魔化し等も影響していると言うのはあります。
 
なのですが、この10年余りで子供を預けるのは確実に親と言うか、親の自覚の無いままに親をしている大人の問題と成ってしまっているのですね。
これらの問題を作り上げた最大の功労者は林市長と横浜市かもしれませんが、その最大の原因は横浜在住の人達でたとえ当時、民主党や林市長に投票しなくても理をもって説明できなかったそれら市民も含んでのことなのですね。
それは、同じ横浜在住の私も同様の罪だ、といえる事だと思います。
 
故に、政治家が「待機児童は存在しない、待機してるのは預けたい親」と言う事を言うのを否定的には見れない状況でもあるし、過去のそれこそ20年以上前にそういうことの当事者だった人達が自分達を否定されているかの如く感じる事に対して、現状を伝えられてないなぁ、と言うもどかしさを感じる部分もありますし、単に言葉の上っ面を取り上げて叩いている人を見ると少々モヤっとするのも事実なのですね。
 
 
次回「そして待機児童は待機保護者になった」編